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連載:賀川豊彦の著作ー序文など(第96回)

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「安野光雅の世界展」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)


  賀川豊彦の著作―序文など

     わが蔵書棚より刊行順に並べる
        
             第96回


    『約束の聖地』

     昭和14年3月10日 日曜世界社 302頁


 本書『約束の聖地』は、昭和12年に「中央産業組合新聞」に連載された長編小説で、日曜世界社で刊行されました。これは「組合運動の教科書とも又産業組合運動読本ともいうべき内容」(米沢和一郎)ともいわれています。

 賀川豊彦の著作は、検閲による発売禁止や伏字の多い作品がありますが、本書は何と完成した著作の2枚分が切り取られています。日曜世界社は、賀川の「序」の頁にそのことを告げる文章を印刷した紙をノリで張り付けています。こういう処置は今回初めて目にしました。

 ここでも「序」を収めて置きます。なお本書は『賀川豊彦全集』には入りませんでした。



       『約束の聖地』

         序


 『神様、約束の聖地にいつ私達は這入ることが出来ませうか?』
 さう、奴隷解放の先駆者モーセは創造主に質問した。

 すると、神は簡単に答へ給ふた。
 『「我」を主張するものは、一切約束の聖地には這入れ無い。おまへも荒野で死なればならぬ。それはおまへは神を中心にしないで「我」を出した場合があつたからだ…………』

 約束の聖地はパレスチナだけの問題では無い。人類理想の聖域は凡てこれ約束の聖地である。然し神が人類に約束されたこの聖域に『利己』を主張し『自我』を高調する者は這入ることは出来ない。

 三千五百年前、奴隷解放の恩人モーセを叱責せられた神のみ馨は、今もなほ我等の耳に響いてくる。

「我」をのみ主張するものは、約束の聖地には這入れ無い。――機械文明の現代生活にそれが如何に現れてゐるか?
 資本主義も、共産主義も、ファシズムも、何々主義も、・・・・凡て「我」の変形である間約束の聖地には這入れ無い。

 然らば、如何にして約束の聖地に這入るか? 約束の聖地は、西方浄土でも無ければパレスチナでも無い。          ・
されば約束の聖地を何處に求めるか? 私は沙漠を彷徨するエヂプトの奴隷のやうな気持で此の小説を書いた。

 人類生活の続く限り、人類に「明日」が約束せられる間、この小説に盛られた問題は永遠の真理として残るであらう。

 では、約束の聖地を探すために我等は出発しよう。

   一九三九・三・二二
         
      印度より帰りて

             賀  川  豊  彦
   



   本書本文九一、九二頁は其の筋より削除を命ぜ
   られましたから切や取りました。各位の諒恕を
   願ひます。

     昭和十四年五月
                  日曜世界社


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