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連載:賀川豊彦の著作ー序文など(第105回)

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「神戸布引ハーブ園」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)



   賀川豊彦の著作―序文など

     わが蔵書棚より刊行順に並べる

            第105回


    『新日本の衣食住―かくすれば困らない』

         (朝日時局新輯)


       昭和20年12月30日 朝日新聞社 51頁


 本書『新日本の衣食住―かくすれば困らない』は、敗戦後に「時事選書」の一冊として31頁建ての冊子『デモクラシーー民主主義とは何か』に続いて刊行された朝日新聞社による「朝日時局新輯」の51頁の講演記録の一冊です。敗戦の年(昭和20年)は、この2冊のみです。

 この講演記録には「序」はありませんので、冒頭の短いことばと、講演の最後の箇所だけを取り出して置きます。




         新日本の衣食住

        ―かくずれば困らない―


 (本講演の冒頭に言葉)

 昭和二十年八月十五日は、日本にとって最も悲しき日となった。しかし、武装解除による新日本の誕生は、世界に對する新しき出発点を與えることになり得る。曾ってスエ―デンは十七世紀の初頭より、いはゆる三十年戦争の指導國であったが、矛を収めて自ら武装を解除するや、文化の点においては、國こそ小さけれ、世界一の優秀國となった。斯くの如く、恐らく日本も武装解除によって、新しき文明を産み得る可能性の最もある東洋の指導國として再出発することが可能になるであらう。


 (本講演の末尾の言葉)

         組合都市を創れ                                                                                           

 若しも大規模、都市生産消費組合を発達させようと思へば、南ドイツ、オーストリヤ地方に於てやってゐるやうに、都市を組合化すればいいのである。ウヰーンは、公設市場等も、消費組合と市役所が半分半分に出資してゐる。税金でやる事業は非常に限られてゐる。殊に現今の日本の市役所の如きは、生産事業は出来ないことになってゐる。そんなことではこれからの市民に、食糧を十分賄ふことは出来ない。これからの市政は、最低生活を保証しなけれぼならぬ。従って牛乳や主要食糧の如きは、市自ら生産する必要がある。従って周園の農民と直結する必要がみる。その運転資金は、生産消費組合で集めればよい。そしてその本部を市役所内に置き、市長自らがこれを管理すれば良い、このくらゐの大きな組織を持たなければ市民の生活の安定は出来ない。

 ウヰーン市の百貨店も矢張りこの式でやつてゐる。日本の百貨店組合會長里見純吉氏の如きも、私にもらされた意見であるが、「百貨店自身が消費組合の使命に目覚め、百貨店の一部分を消費組合的に直し、周囲の何十町かの町會に奉仕すぺきである」を主張してゐる。ボストンで最大のデパートを経営してゐる米國で有名な百貨店組合の組合長ハアイリン氏も、同じことを私にいってゐた。

 贅沢品は何も消費組合で販売しなくてもいいが、最低生活に必要なだけの物品だけはどうしても消費組合式の方式で発達さすべきが、今日の使命であると私は考へる。

 ウヰーン市の如きは、この組合都市経営を完全にやってゐるために、一九一八年以後の欧洲大恐慌の真最中においてすら、銀行の取付けも無く、失業問題も起らす、市民の一人さへ餓死しなかった。然かもオーストリヤは、敗戦の結果、國土は七分の一に減じ、國民の半数がウヰーンの都市に集中するといふ珍らしい現象を示したのであった。このやうな悪條件のもとに、一人の失業者も出さなかつたといふことは、全く都市行政を協同組合化した結果であったと、オーストリヤの協同組合主義者は私に誇ってゐた。                   
 ウヰーン市の住宅政策は世界一であることも周知の事費である。これは住宅組合と富籤の二つの方法によつてゐる。いづれにしり、都市行政といふものを、税金のみによつて処理するやうた原始的考へをを拾て、組合経済及び組合社会政策を完全に取入れなければ、都市の良糧問題も、叉被服問題も、住宅問題も、失業問題も、庶民金融問題も絶対に解決出来ない。

 市役所を行政の一地区と考へる時代は、もう過ぎた。都市には都市社会政策がなければならぬ。都市の社会政策は市営だけではうまく行かない。市営だけでは官僚化する恐れがある。矢張りウヰーンの如く、市営の要素と、協同組合の要素を、並行して行く新しき都市行政の如きが、最も能率的であることは既に実証せられた事実である。

 日本においても、この方向に進むのでなければ、絶対に戦災にによって焼失した七十七の都市を、近代的都市として復興することは出来ない。六坪二合五勺位のバラックを建築する位の程度であれば、協同組合の力を借りなくてもいいけれども、全部に四階建ての鉄筋コンクリートの家を造ろうと思えば、どうしても協同組合式に都市行政を持って行かなければ、資金を豊富にすることは出来ない。そしてその資金も、市役所と協力する生命保険組合に資金を仰ぐ必要がある。生命保険の金は、無利子で長期に使える。そして住宅が改良せられれば、せられる程、死亡率は減退するから、生命保険会社の方も利益になる。かうした都市死亡率の減退運動と、市役所の住宅政策が一致するやうにならなけrば、真の都市行政は出来ない。

 今日のやうに、住宅政策においては貧民窟をつくり、伝染病の発生した時だけ市の術生課が走り廻るやうな低能なる都市行政では、市民の生活は安定しない。

 要するに、都市の行政といへども、市民各自が、有機的に市役所と結合し、都市生産消費組合及び都市信用組合、都市生命保瞼組合等の機構が、市役所内に入って来る時代が来なければ、理想的な都市行政といふものは不可能である。これは都市の教育、育英資金等の問題についても同じことがいへる。

 中世紀のギルド都市が、組合と取り組んでゐた如く、近代の都市も亦資主義的搾取を免れんとするならば、市自らが各種の産業を経営するのみならず、市民自らが組合員となる、都市組合事業を根幹とする各種社会経済施設及び社会事業を、組合的に市役所自身が経営する必要がある。この方法により始めて近代都市は生れるのである。
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