スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

連載:賀川豊彦の著作ー序文など(第109回)

1

「春の山野草展」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten,co.jp/40223/)


   賀川豊彦の著作―序文など

     わが蔵書棚より刊行順に並べる
        
            第109回



    『神よりの福音』


     昭和21年8月20日 愛育社 150頁


 本書『神よりの福音』は、戦後に書き下ろされたものではなく、戦前昭和3年~4年にかけて発行されていた「信仰リーフレット」を一部改稿されたものを編集して出来た作品ですが、賀川によって、「1946・6・24」付けの「序」が入っています。

 発行元は「愛育社」で、ここからは昭和23年に『死線を越えて』の再販も出ています。

 


         『神よりの福音』

            序


 うるさい事が起れば逃げ出したいのが東洋風だと考へる人もある。それを儒者と云ひ、隠居と云はれ、それをしも喜ぶ人もある。老人になれば東洋風が善いと或る人は云ふ。またニーチェは超越を説き愛と奉仕を侮辱し、十字架の道を奴隷の道徳だと罵った。
             
 然し、超越の道を説いたニーチェが脳黴毒の患者であったことを知れば、超越的自我狂は、黴毒性の麻痺性痴呆であることを知らねばならぬ。天上より地上に降る受肉化身の道は、芸術的表現と軌を一にする。人生創造は表現と受肉性の中に仝能者の意志を傅へ、絶對者の愛を有限の色相に翻訳しなければたらない。
                                       
 キリストの道は絶對より相對へ、無限より有限へ、神の愛を翻訳するごとにあった。それは穢れたもの、吐棄すべきものとされた。この誘惑多き肉体の世界にすら、神の聖なる光栄の姿を顕現させることにあった。此意味に於て預言者マホメットの途と、キリストの途は全く違っていた。キリストの途は化身顕現の超越逃避の弁償法ではなかった。キリストの道は有限の世界に人類を救ふ可らざる弱体者として見捨てるのではなく、贖罪愛によつて、有限を無限に、相對を絶對に結合せしめんとの苦闘にあつた。そこにキリストの福音による勝利が保証せられる。
    ’
 化身せよ! 十字架の上にまで救はんとする意志を持つ天父の愛を顕現せよ。人間の原罪をのみ恐怖して、原罪を滅し得る受肉化身者の愛を忘れるな! 我等も勇敢に愛による化身奉仕の道を選ばねばならぬ。

   1946・6・24

          東京松沢にて
     
             賀 川 豊 彦
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

keiyousan

Author:keiyousan
このブログのほかに同時進行のブログもうまれ全体を検索できる「鳥飼慶陽著作ブログ公開リスト」http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+toritori/ も作ってみました。ひとり遊びデス。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。