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連載:賀川豊彦の著作ー序文など(第117回)

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「六甲山・森林植物園にて」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)



   賀川豊彦の著作―序文など

      わが蔵書棚より刊行順に並べる
     
              第117回


    『人生ノート』

     
     昭和23年6月20日 神田出版 162頁


 本書『人生ノート』は、大正時代を含む戦前の作品を集めて神田出版より刊行されています。ところが、なぜか神田出版では60円の定価だったものが、4ヶ月後(堂年10月)に梧桐書院より頁は162頁のまま装幀を代えて140円に改めた同じ内容のものが出版されています。

 手元にあるものは、梧桐書院の昭和27年7月のものですが、内容は同じものです。本書を編纂した人は、恐らく鑓田研一氏ではないかと推測していますが、本書には賀川の「序」は入っていません。

 ここでは第1章の書き出しの箇所のみ取り出して置きます。内容的にはもちろん、14章構成どれも、読ませる内容になっています。



         『人生ノート』

          人生の目的

         何のため生れて来たか


 人間が生きてゐるのは何のためでせうか。

 花火のやうに筒口から吐き出されて、ぽっと花を咲かせたかと思ふと、わづか五十年そこそこで音もなく消えてしまふのでは、折角この世に生れて来た甲斐がないのではありませんか。或人はあまりにも生活が苦しいので自暴自棄となり、人生の目的がわからないといって、虚無的となり、人生盲目論を唱へます。また或人は境遇の圧迫におぢけて宿命論に傾き、人生機械綸を唱へて、人生に何の望みもないといひます。人生け果してこれ等の運命論者や虚無主義者のいふやうな盲目的な、機械的な、望みのないものでせうか。私はそうは思ひません。人生には目的かあり、もちろん十分、望みがあるのです。

 人生盲目論は極端になると、所謂ダダイズムの傾向を帯びて来て、道徳を拒否し、人生を根本的に否定し、また善悪を顛倒してありとあらゆる罪悪をよしとさへ見るやうになり、さらに、無政府主義を唱えるなど、さまざまの気違ひじみた思想傾向に進むものなのです。

 また宿命論者は古い時代の暖かい農村の生活、太陽の光線、空気、小鳥、森のささやき、さうしたものが失れて、密閉された地下室や工場の中で長時間の労働時間を強ひられ、その鬱憤を晴らしたいといつた気持から、暴力的革命主義にまで進んで行く傾向かあるのです。そして彼等は人生を一つの運命の廻転にすぎないと見、或は目的の全くわからないのだと考へて、だから人生は盲目滅法に生きてゐればいいんだ、努力なんかする要はないと断定するのです。果して人生はそんなものでせうか。
      
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