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連載:賀川豊彦の著作ー序文など(第121回)

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「母の日」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jo/40223/)



   賀川豊彦の著作―序文など

      わが蔵書棚より刊行順に並べる
        
             第121回


    『歌集・銀色の泥濘』


     昭和24年5月1日 桜美林学園出版部 220頁


 本書『歌集・銀色の泥濘』は、作者の賀川がその「序」で「過去四十年間、私は泥濘の道を歩いて来た」という書き出しのある「歌集」です。「泥濘」は、本書216頁の「泥濘」のルビを「ぬかるみ」とされていますので、本書の署名はそのように読むのがよいかもしれません。

 岩波文庫のような体裁の仕上がりですが、賀川は「この歌集を関東平野の男女青年・特に南多摩桜美林学園に学ぶ農村出身の男女青年諸君い捧げる」と記しています。

 本書には賀川の写真もあります。ここでは賀川の「序」と共に武藤富男氏の『賀川豊彦全集ダイジェスト』の短い「解説」を掲載して置きます。


        歌集・銀色の泥濘

           序


 過去四十年間、私は泥濘の道を歩いて来た。然し、それはめぐみの光に守られた銀色の泥濘であった。泥濘の深みにふみ込んで、抜きさしのならぬ無駄な日を送ったことも多かった。然し、私はその泥濘の中に立ちすくみつつ大能者に感謝して来た。そして、日本は今、泥田の中に足をつき込み、ぬきさしならぬ状態になってゐる。だが、私を救ひ給ふた全能者が必ず日本を救ひ給ふことを堅く信じてゐる。

 この拙ない短歌は発表する為めに書かれたものでは無かった。この歌集は地方の同志に、何か書けと短冊をつきつけられ恥かしくも無く、即興的に書きなぐったものが大部分である。それを同志黒田四郎氏が、刻銘に一々、ノートせられて編集してくれたものである。黒田氏はまた、漏れてゐるものを、各方面にわざわざ問ひ合せて拾集してくれた。黒田四郎氏の親切と、努力が無ければ、この歌集は産れなかつたと思ふ。此処に改めて同氏に心より感謝する次第である。

 即興的に書いただけに、庭先で書いたもの出発の際の混乱中に書きなぐつたもの等が多く、推敲は全くしてない。だから、また、その日その目の『感情の日記』に成つてゐるかも知れぬ。私はその点から、この歌集に一種の執着を持つ。下手、上手が問題で無く、私が、全能者の手に守られて来た「歌日記」として新しい宗数的感謝の念に燃えさせられるからである。

 まだ各地で書き残したものも多くあると思ふ。然し、黒田四郎氏の親切に感謝しつつ、一とまづ、この形で発表することにする。

   一九四八・一二・二六 
     
        賀 川 豊 彦
   
             東京・松沢





      武藤富男著『賀川豊彦全集ダイジェスト』346頁

            『銀色の泥濘』について


 この著は昭和二四年五月一日東京の桜美林学園出版部から出されたものであり、賀川が戦争直後から力を入れていた桜美林学園を助けようとの意図をもって清水安三氏に協力したものであろう。献呈の辞にはこう記してある――この詩集を関東平野の男女青年、特に南多摩桜美林学園に学ぶ農村出身の男女青年諸君に捧げる。
 
 『銀色の泥濘』は三十一文字の短歌集であり、『一枚の最後に残ったこの衣神のためには猶悦がんとぞ思ふ』の名歌を冒頭に『監房に一杯の水うくるとき人のなさけのありかたくもあるか』というような賀川ファンの吟誦に堪える歌が一千首収めてある。

 一九〇九年新川に入ってから四十年間に亙る作品が集められている故に、これは和歌による賀川の自叙伝と呼ばるべきである。三十一文字の歌人としては、賀川は自分白身の贖罪愛的生活を歌った作品においてもっともすぐれている。


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