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連載:賀川豊彦の著作ー序文など(第134回)

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「神戸・相楽園にて」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)



   賀川豊彦の著作―序文など

     わが蔵書棚より刊行順に並べる
       
            第134回


    『宇宙の目的』


     昭和33年6月25日 毎日新聞社 365頁


 本書『宇宙の目的』は、賀川豊彦の代表作です。『死線を越えて』や『小説・キリスト』なども勿論彼の代表作といっていいのですが、やはり賀川豊彦が72年の生涯を貫いてたどり着いた最大の労作は本書『宇宙の目的』であると言えるでしょう。

 ただし本書の扱う内容は、彼の著作の中では最も難解なもので、毎日新聞社から刊行されましたが、多分初版が出ただけで、版を重ねることはなかったのではないかと思います。

 しかし、生前に本書が完成して、関係者がその出版を祝す集いも持たれたことも、喜ばしいことでした。

 難解な中にも、「私の友人武内勝氏」のことなども書き込まれていたり、とりわけ本書には、賀川の思想の芯にあたる、現在に、また未来に受け継がれる表現が刻み込まれていて、ひきつけられるものがあります。

嬉しいことに、本書の英訳が出版される運びになっています。

 ここでは、本書の「序」、そして全集の武藤富男氏の解説も取り出して置きます。




        『宇宙の目的』

           序


 宇宙悪の問題と取り組んだのは、私の十九才の時であった。私は原子論を研究するために京都大学の水野敏之丞博士を尋ねた。それは一九二一年ごろであった。一九一四年七月第一次世界戦争の勃発とともに、米国プリンストン大学におもむいて「哺乳動物の進化論」を専攻した。その後私はいそがしい日本の社会運動の暇をぬすんで「宇宙悪とその救済」を研究しつづけた。シナ事変のとき平和運動のために東京渋谷の憲兵隊の独房に拘置せられ、さらに巣鴨刑務所に移された。そのときも私は「哺乳動物の骨格の進化」の書物を獄中で読んでいた。

 太平洋戦争が始まる少し前から、私は宇宙悪の問題を宇宙目的の角度より見直し、宇宙の構造に新しい芸術的興味を感じるようになった。私は宇宙の構築に神秘的発展が、まだ進行中であることを深く感じる。それで、私は、それに結論を出すことをいそがないで、宇宙の一大演出をただ見ておりたいと思う気がする。しかし、私かあまりひとりで考え込んでいることも周囲の人々にすまないので、私の宇宙の見方の一端をここに発表し、宇宙芸術の味わい方を世界の人々に知ってもらいたいと思うのである。

 校正のために努力せられた吉本浩三氏に感謝する。眼病の私に、校正は困難であった。それを吉本氏が助けてくれた。このほか、微生物の食物選択について御教示をいただいた中村浩博士と原稿を整理してくれた黒田四郎氏、外国の科学者ではノーベル賞受賞の諸学者、特にミリカン博士、パウル・コンプトン博士、パウリング博士、アーネスト・O・ロレンス博士たちは、実験にあるいは疑問に未熟な私をいちいち手引きされた。また本書の出版についてお世話になった毎日新聞社会長本田親男氏にも改めてここで感謝を捧げる。

     一九五八年初夏
     
             賀  川  豊  彦






        武藤富男著『賀川豊彦全集ダイジェスト』の「解説」より

          『宇宙の目的』について(冒頭に部分のみ)
 

    一、畢世の著作

 人間社会の罪悪、自然界に起こる災害、個人の悪性、非行、病気、貧困、死、苦難等を綜合して賀川は『宇宙悪』と呼んだ。宇宙悪への疑問は、彼が、明治学院神学部予科を卒えて神戸神学校に移る頃、すでに心中に萌していた。すなわち十九才の時、彼はこの問題と取組み、これを解決しようと志したのである。

 宇宙悪の謎を解くためには、宇宙そのものを探究しなければならない。すなわち天文学からはじめて、地質、生物、物理、化学等の自然科学部門を究め、社会、法律、倫理、宗教等人文科学部門に及ばなければならぬ。賀川は一九一二年、二十四才の時当時学界に波紋を起こしつつあった原子論に興味をもち、京都大学に水野敏之丞博士を訪ね教えを乞うている。二年後、プリンストン大学に入学するや、彼は生物学を学び、『哺乳動物の進化論』を専攻した。プリンストン大学入学試験の時、彼がすでに進化論について教授たちを驚かすだけの学殖をそなえていたことは横山春一著『賀川豊彦伝』に記されているところである。

 帰朝後、社会運動や伝道に没頭している時も、彼は暇をぬすんで『宇宙悪とその救済』について研究をつづけた。『苦難に対する態度』(本全集第二巻収録)『残されたる刺』などは宗教的方面から観察した宇宙悪の解釈であり、『生存競争の哲学』(本全集第九巻収録)は生物学の方面から宇宙悪を取扱った著作である。

 字宙悪の問題と取組んで半世紀を送った賀川が何故に『宇宙悪』という書を著わさずに『宇宙の目的』という本を書いたかということは興味ある課題である。宇宙悪の研究から出発した学徒賀川は、宇宙そのものの研究をして行くうちに、天体から原子に至るまで、人間から微生物に至るまで、すべての存在に目的のあることを発見したのである。そこで彼の哲学は次第に目的論に傾いて行き、宇宙悪の問題は宇宙目的との対比において、彼の表現を用いれば『宇宙の目的の角度から』解決されなければならぬこととなった。更に宇宙目的を探究して行くうちに、目的論のほうが賀川哲学の主題となり、宇宙悪はその副題に転じてしまったのである。このことは本書の自序及び全休の構成を見れば明らかである。

 晩年の賀川が、どんなに本書の著述に力を注いでいたかは、彼が口癖のように『宇宙目的論を書かなければ』と言っていたことに示される。講演や伝道の依頼、面会の申込みなど断る時、彼はいつも『宇宙目的論を書かなければならないから』といっていた。世を去る前に、十九才の時から念願していた著述を完成しようとして、彼がどんなに焦慮していたか、また絶えざる研鑽を積みつつあったかを、このことによって知るのである。

 宇宙目的論を導き出す契機となった宇宙悪の着想を彼はどこから得たかということもまた興味ある課題である。この点について彼は自ら語っていない。これを次の四点から推定してみよう。

 第一は彼の境遇である。妾の子として生まれ、幼にして両親を喪い、孤独のうちに生育した彼は、少年時代においてすべて人生の不幸や苦難について思いをめぐらせていたのではあるまいか。

 第二は旧約聖書のヨブ記である。十七才にして明治学院に入学し、その図書館にある本をすべて読みつくそうと志した彼は、恐らく旧約聖書ヨブ記を精読したにちがいない。ヨブ記は宇宙悪の問題を提起した書物として古今無双の名著である。ヨブの苦難及びヨブが友人たちと行なう問答、そのうちに盛られた深遠な思想は聡明にして多感な青年賀川をして、宇宙悪の問題と取り組みこれを解決しようとする志を抱かせたにちがいない。

 第三は彼の病気である。結核のため死を宣告された青年賀川が、どんなに煩悶したかは想像に難くない。病気と死について、彼は深く考えたにちがいない。学問の課題としてよりも、むしろ体験として彼は宇宙悪と取り組んだのである。

 第四は二十一才の時入って行った貧民窟の体験である。彼はここで人間社会の貧困と悲惨と罪悪とをつぶさに観察した。そしてその因って来るところが、単なる経済や社会制度の問題でなく、更に深いところに存することを見出した。そして宇宙悪の救済についての研究にいよいよ本腰を入れようと決心したようである。

 かくて宇宙悪を解決せんがための宇宙学あるいは宇宙哲学は、天才が五十余年に亘る研鑽の結果、宇宙目的論となって世にあらわれたのである。(以下、長文の「解説」が続く)






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