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連載:賀川豊彦の著作ー序文など(第135回)

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「須磨離宮公園にて」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)



   賀川豊彦の著作―序文など

      わが蔵書棚より刊行順に並べる
      
              第135回


   『空の鳥に養われて』


     昭和33年7月10日 キリスト新聞社 198頁


 本書『空の鳥に養われて』は、前回の『宇宙の目的』のひと月後に仕上げられたもので、戦後賀川自身が創刊したキリスト新聞社の創刊号(昭和21年4月27日)から昭和35年1月1日までの13年間、小さなコラム「不尽油壷」に連載した随筆集です。このコラムのあと、1959年12月の最後の作品までは、賀川豊彦全集24巻に「続・空の鳥に養われて」として収められました。

 ここには本書の序、そして武藤富男氏の『賀川豊彦全集ダイジェスト』の「解説」を取り出して置きます。



       『空の鳥に養われて』

           序


 敗戦の真最中、憲兵の一人が、私を殺そうと待ち構えていた。その時、友人の一人は茨城県の森の中に隠してくれた。

 ダンテがイタリー、フローレンスを追われて長い期間、放浪の旅に出たように、私は、瀬戸内海の孤島に自らを幽閉した。その時も、預言者エリヤを守られた創造主は、私をも守護し給うた。私は不思議に、その日の糧には困難しなかった。旧新約聖書の物語は昔話ではなかった。私の一生は、旧約聖書の物語を限の前に見た。天から火の雨が降った。百四十九の大都市が全部焼けてしまった。原子爆弾が廿一万の人間を焼殺した。死骸の山を乗り越えて、私は新しき神の国建設のために働いた。                     
 ダンテは「神曲」の天国篇に、『神が笑い給う』と書いているが、私は、神の咽び泣きを戦歿者の死骸の間で闘いた。この神の咽び泣きを耳にはさみながら、過去十三年間のみめぐみを綴ったのがこの一篇である。日本も十三年間に変った。敗戦後の闇はややあかるくなった。しかし、闇の力は衰えないで、国民は相変らず苦しんでいる。

 しかし私は、新約聖書の十字架愛がロマ時代の暗黒に打勝ったように、アジアにおいても勝利であることを信じている。

   一九五八・五・二五
     
            賀  川  豊  彦




      武藤富男著『賀川豊彦全集ダイジェスト』370頁~372頁

           『空の鳥に養われて』について


 昭和二十一年三月、賀川の発案によってキリスト新聞社が創設され、同年四月第一号が発刊されるや、社長に就任した彼は毎号『不尽油壷』と題して第一面右側下段カコミの中に随筆をのせることを買ってでた。海外旅行などでたまに中断することがあったが、この時から昭和三十四年に至るまで、四百字原稿紙二枚の短文を十三年間書きつづけたのである。

 昭和三十三年(一九五八年)に、その時まで賀川がキリスト新聞に連載した短文を一まとめにして出版しようという議がもち上がり、その結果、同年七月十目、キリスト新聞社から発行されたのが本書である。

 『不尽油壷』という本は本全集第二巻に宗教論文集として収録されており、その口頭にエリシャの故事(旧約聖書列王記下第四章)を引いて由来を記してある。本書にも見出しの中に同じ表題がある。本書の書名をなす『空の鳥に養われて』というのは旧約聖書列王記上第十七章一節乃至七節に記された故事から取ったものである。迫害を避けてケリテ川のほとりに身をかくした預言者エリヤは、ガラスが朝ごとにパンと肉を運び、夕ごとにパンと肉を運んでくれたので、生命を保つことができた。賀川は満洲事変以後、その平和思想のため、また平和運動のため、官憲及び社会の圧迫を受けて、生活に苦しんだが、カラスがエリヤを養ったように『天の使が、あすこから少し、こちらから僅か、一家族が飢えない程度に食糧を運んでくれた』のであった。エリヤのカラスは今日も日本の空を飛んでいるというわけである。

 随筆集であるから各篇については系統的な解説ができないので、筆者が興味を感じた句を次に抜き出して感想を述べよう。

 第二章『空の烏に養われて』の中に、『四十を過ぎて』という一文がある。『性欲も物欲も名誉欲も権力欲をも離れて、天父のことをのみ思いうるのは六十才からである……みめぐみによって病気しながらも六十の坂を越した。そして霊魂の聖化ということがやっと判ってきた。宗教はやはり永生の問題である。』六十に近づき、八十を過ぎた人がここを読むといろいろと考えさせられるであろう。

 第四章『桑の新芽』にある「多忙」中の一句。『多忙なものほど規則正しく生活すれば、多忙のうちにも神よりの慰安が与えられる。神なき多忙は天罰である。』神なき多忙にある人は、あゝ忙しい、あゝ忙しいといいながら生命を浪費しているのである。同じ章に『雲雀よ!日本に讃美歌を教えてくれ』の中には次の句がある。『青空でなければ歌わない雲雀は、地上のほこりを離れて、二つのつばさを激動させながら心臓がはりさけるような大声で創造者への讃歌をうたいつづける。』大空におけるひばりの讃美歌は、詩人賀川ならでは感じえないところであろう。

 第五章『路傍の小石との立話』の中にある『平凡の黙示』の一節――『平凡は神の黙示であり、神の黙示は良心の至聖所に受取られる。』これは預言者エレミヤが鉄瓶に吹く湯気、土中の帯、破壊された甕など平凡な事物を実例として神の黙示を語っていることを述べたものであり、一瞬間のささやきに神の大方針が火柱の如く照りかがやくことを示したものである。

 同じ章の『パン屑』の項には『たばこ銭と酒代とを節約すれば、子供一人学校へやるだけの資力はできる』の一句があり、これまた教育論として今日の社会にあてはまる。

 第六章『宇宙を裏側からのぞく』の中にある『天井裏の凪』には山上の垂訓をもじった句があって面白い――『屋根裏の凪を見よ、彼は武器も持たず、原子爆弾も作らない。しかしこの種属を神はなお繁栄させ給う。まして日本民族をや、ああ信仰うすき者よ。』賀川は子(ね)の年生まれである。

 同じ章の『天の導き』には『日本の伝道は西から来たポルトガルは失敗し、東から入ったアメリカのキリスト教が成功した』とあり、英国の伝道が廻り道をしてアイルランドに入り、スコットランドに及び、次いで英国全土の教化が実現したことと対比している。

 第八章『海潮は我等の前に退く』の中にある『夏の夕立』で、夕立をさして『三千尺も五千尺も上から落ちてくる大きな滝だ!』というところは、賀川流である。同じ章に『合掌する心』という一文があり、天の父を『常住の衛士の如く、私につきまわり、大黒柱の如く私を支え、杖の如く私の弱い体をもたげてくれる』というのは、詩篇を読むような感を与える。

 第九章『植物に成ってみる』の中にある『栗の秋』には猿カニ合戦の話がでており、カニのように横ばいしなければならぬ時代には、我々は蜂(蜂蜜)、栗(殼果)臼(製粉)の応援を得なければならぬといっている。戦後の食糧事情と立体農業とを比喩的に説いていて面白い。『植物に成ってみた』賀川は、片目に眼帯をかけ、片眼で木の枝先を見つめ、『全身病の問屋のような私でも、生命がつづいてきただけ宇宙の戯曲を永く見てきた面白さはあった……天とにらめっこをすると、青空が枯枝の先端に輝き、私はもう永遠に引越したような気になる。』永遠に引越すとは永遠の中に転居するの意である。

 第十章『山茶花の囁やき』の中にある『独居』の中には次のような面白い句がある――孔子は小人閑居すれば不善をなすといっているが、閑居して最善をなしうる者にのみ天下をまかせうると私は考える。『満足生活』の項には『足らぬ、足らぬといつもこぼしている金持に比べて“兄弟持って行け”と、困っている友人に末代を持たせる労働者のほうが、はるかに金持である』とあり、パウロがコリント後書八章に書いているように『恵みのわざに富む』ことが真に富むことであるのを示している。

 第十一章『収穫への感謝』に『屋根の落葉が話す』くだりがある。屋根の落葉が土になり、その上に雑草が若芽を出しかわいらしい畑が出来ていることに心を打たれているのである。

 第十二章『恒星を凝視する心』においては『鏡』という一文が印象的である。眼がわるい賀川は、時に鏡を見ても、自分の顔に目がついていない顔がうつる。その時鏡を見る気がしない。魂が濁ってくると、鏡としての神が邪魔になることを、この比喩をもって説いているのである。

 その他この書には敗戦直後の日本の混乱と腐敗をなげき、日本民族の再起への祈りが満ちている。そこに本書の特質があるといえよう。


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