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『賀川豊彦再発見ー宗教と部落問題』第3章「賀川豊彦と部落問題」第2節「賀川豊彦再発見」

前回は、同志社の新島会館において開催された「賀川豊彦生誕百年記念京都集会」のことに触れましたが、当日の会場に、京都市右京区の岡田安弘氏がおみえになり、賀川豊彦と親交の深かったお父様(岡田正方氏)が、マヤス先生らと撮られた写真を持参しておられました。ご親切にもその後、その写真を複製して、お手紙と共にお送りくださいました。大正初年ごろの神戸の「金星台」のところではないか、と書かれていました。岡田正方氏は、中央のマヤス先生の向かって左ひとりおいて次の方のようです。記念として、ここに収めさせていただきます。



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そして、今回の第2節のところで、1988年9月24日に、当時鳴門市の市会議員をされていた田渕豊さんや鳴門教育大学の田辺健二先生などの招きで、記念の講演会が開けれて、はじめて鳴門市へ出掛けたことを書いています。


堀江町の公民館が会場でしたが、その会場に賀川先生の立派な墨書がふたつ掲げられていて、写真に残していましたので、ここに掲載して置きます。
また、翌日(25日)は、田渕さんのご案内で、賀川先生のお墓などにも参りました。その時のものも添えて置きます。



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さて、今回の箇所を掲載します。



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