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連載:賀川豊彦の著作ー序文など(第167回)

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「お隣の公園のアジサイ」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)


       賀川豊彦の著作―序文など

      わが蔵書棚より刊行順に並べる

             第167回


       横山春一著『賀川豊彦伝』

  
 賀川豊彦の伝記的な著作は、賀川の生前にいくつも出版されていますが、特に標記の横山春一氏による『賀川豊彦伝』は、最初に昭和25年8月に新約書房より482頁の上製版として刊行されました。

 手元にその版がありますが、賀川の写真と巻頭には、齋藤潔氏の「序にかへて」と横山氏の「自序」(このふたつは今回取り出して置きます)があり、賀川豊彦のサイン(「死線を越えて我は行く 賀川豊彦 1951・1・22」)があります。

 この『賀川豊彦伝』は翌年(昭和26年)2月には、キリスト新聞社よりいくらかの補正を加えて出版されました。そして本書は、昭和34年10月20日、賀川豊彦の生前ですが、警醒社より箱入りの上製本として、新たに写真や索引も付けて「増訂版」として刊行されました。

 個人的なことですが、賀川豊彦生誕百年の時に『賀川豊彦と現代』を書き下ろした折りに、横山春一氏ご夫妻のお招きをいただき、一度だけご自宅でしたしくお話を聞かせていただいたことがあります。私にとっては、あとで取り出しておく予定ですが、横山さんの著書『隣人愛の闘士・賀川豊彦先生』が、賀川に関する初めての著作でしたので、横山氏にはご恩があるのです。



                   序にかへて

               生命存在の像―賀川豊彦氏をうたふ


 賀川豊彦よ
哭きゆく鶴よ 歌ひつつゆく雁(かりがね)よ
島々の夕栄えを忘れぬ燕(つばくらめ)よ
風の中の蘆よ さびしい舟よ 雪の降る中にみのる果樹園よ

 賀川豊彦よ
真昼の天よ 正午の太陽(ひ)よ そして月明の魂よ
泉のそばの花苑よ 真紅の詩よ
蒼い湖よ 血汐を噴く珊瑚樹よ
「始めに歌ありき 行為(わざ)ありき」 賀川豊彦の創生記はかくで始まる

 生命の中から生れたものは 生命的ならざるを得ない
彼の心は息(やす)まない 彼の手も停止しない 隣人の涙へ差出される心
 隣人の苦しみへ伸べられる手
そのための彼の心は常に腫れ 彼の手は燃えてゐる

 彼はよく泣く 男泣きだ 雄々しい涙だ 涙は紛々としで花と散る
なみだの花吹雪のなかに彼はぢっと耐へる
(天界では天使が祷ってゐる 清々しい音色の鐘を鳴らしてゐる)

 星が輝く 日が照る 魚介が躍る 潮が流れる 月が渡る
花が開き花が落つ 風が吹く 雨が降る 雲がとぶ 蟲が這ひ山肌が笑ふ
かくて「あ行」から「わ行]までの 賀川豊彦の索引が活気を帯び始める
森羅萬象が彼のために自由自在に智慧の 市場を開く
百千萬の道が 繚乱たる花叢群落のごとく その首(こうべ)の上に
感情のイルミネーションを縫ふで 知性の強い光をふりまく

 彼は愛の翼をもって地球から飛び上がる
天空は彼の第二の散策の公園である
夜な夜な銀河の岸へ立って乳白の水に口そそぐ
火星の印で宇宙に懸かる虹のやうな詩の行線を高らかに読む
金星の家で彼は地上で失った想像を発見するのだ
北斗七星の燭台の裸火は彼を美しい郷愁へ誘(いざな)ふ

 彼の心は生の歓喜に帆船になる
天地の事々物々の諸々の名の上へ乗って奔る
数學の本に詩の花が咲いて星々の果實が美事に熟した
愛の色彩が すべての苦しみと涙と悲しみをよろこびの色調に染め出す
痛悩の鐡鎖が いつしか楽しい歌の環(たまき)となって溶ける

彼は無限生命の化身だ 萬華鏡の幻燈だ その転身のいそがしさ
園丁になる 天文學者になる 農夫になる 船長になる 技師になる 
土木者になる 坑夫になる
漁夫になる 建築家になる 地質学者になる 医師になる 発明家になる 
歴史家になる 植物と昆虫學者になる 画家になる 演出家になる――
それから琴になる 鼓になる 風になる 水になる 雲になる 波濤になる
 山になる 草になる 木になる 道路になるのだ――
 
 彼はゆく けふも彼はゆくよ
雲の柱をしたひつつ
波の上を 丘を 峠を 尾根を 雪の上を 砂地を 沙漠を 牧場を
地平線の霞む彼方を 水平線のとけ入るあなたを
彼はゆく どこまでも
その足跡の黄金色は天界の住家へしるされてゐる 彼はゆく 
けふも明日(あす)も 明後日(あさって)も
いっも あの鋼鐡のやうな顔を 正面へむけて
鷲のやうに 疾風のやうに

                                   齋藤 潔



                     自 序


 先生は荒行をいとはない修道者です。書斎と三等列車と講壇とはその道場、祈祷と瞑想は絶對者との對話です。その生涯の基調となってゐるのは一巻の聖書です。それによって、全我を賭けた精神史が開拓され、社会悪への挑戦が展開されました。

 アッシジのフランシスとジョン・ウェスレーとの遺鉢をついで、とこしへに絶えることなきイエスの愛の福音を、あまねく世界にのべつたへ、ことにまだ福音のつたへられない山間僻土に、礎石をおくことに努力されました。

 この修道者は、雲とともに行き、水とともに流れる心の奥に、たくましい贖罪愛と同時に、鋭い文明批評の刄をそなへてゐます。そこにはジョン・ラスキンとアプラハム・リンカーンの影響が多分に見出されます。それ故、修道者ではあっでも詩と科學を愛する第一級の近代人ともいへるのです。

 先生は一種の泣き虫です。雷のやうに怒ることもあります。しかしそれは愛するが故の最微者(いとちいさきもの)への奉仕です。

 先生の雷ははげしいものですが、あの清純無私の怒りこそ、起死回生の原動力でもあります。虫と語りあひ、雲とともに歌ふ先生は、人の悲しみに泣き、人の貧しさに最後の一枚の衣をもぬいでしまひます。不治の眼病は、泣き虫の故なのです。その涙からあの香はしい多くの散文詩が生れ、各種の社会事業、労働運動、協同組合、立体農業、農民福音學校などが生れできたのです。

 先生は己か語らず、また過去を語らぬ人です。後方にあるものを忘れ、前方のものに向っで淮むことこそ、先生の喜びであります。時には誤解され無理解な批判が寄せられたことがないでもありません。先生の思想と業績には、異國の匂ひがすると言ふ人もありますが、幼い日に阿波の國でみた、編笠に「同行二人」の文字を染めた巡礼を慕ふ心は年とともに深められてゆくやうです。

 私のこの著書では、潮騒のはなやかさに眼をうばはれないやうにつとめ、百尺の地下にひそむ水の心をもとめました。そのために十年の歳月を費してきましたが、私の筆は、泉の深さまではとどきかねました。

 先生の苦悩の日には、私の筆もにぶり、先生が憐憫の情をおさへ得ないで、床を蹴って起きあがる日には、私の心も躍りました。傅記作者の根本的な心構へをわきまへないわけではありませんが、敬愛する先生の感情が、その時その時の私の心をとらへてしまふのを、どうすることも出来ませんでした。

 私があやまりなく先生の姿を抽きだすことができ、これによって先生を正しく識る人がふえるならば、どれほどの喜びでせう。

 これを書きあげるについでは、多くの人のお世話になりました。終戦直後、ともに筆をとることを約束した齋藤潔氏の姿は、今は地上になく、ただ序にかへた詩が、私の卓上にのこってゐるばかりです。また村島帰之氏と鑓田研一氏のお力添へも忘れることができません。

 とりわけ、鑓田氏は全ページにわたって親しく斧鉞の労をとって、私の筆を生かしてくれました。また中村蔵人氏夫妻は、上梓に際して、煩瑣をもいとはず、友情をそそいでくれました。ここに特記して謝意を表する次第であります。

    昭和二十五年七月十五日
                         武蔵野にて
                                 横  山  春   一

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