スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

連載:賀川豊彦の著作ー序文など(第168回)

1

「長田区役所正面」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)


        賀川豊彦の著作―序文など

       わが蔵書棚より刊行順に並べる
 
              第168回


       鑓田研一著『伝記小説・賀川豊彦』

  
 前回は横山春一氏による『賀川豊彦伝』を取り出しましたが、ここからは、賀川豊彦に関する伝記のような書籍を並べておきたいと思います。

 まず最初は、標記のように鑓田研一氏(1892~1969)が昭和9年12月に不二屋書店より出版した『伝記小説・賀川豊彦』(575頁)です。鑓田氏はこの後、『石川啄木』『山室軍平』(いずれも昭和11年)『徳冨蘆花』(昭和12年)、そして『島崎藤村』(昭和13年)などを著わしています。

 鑓田氏と賀川との関係などは、すでに賀川の作品(『宗教読本』『人生読本』など)を刊行して、それを取り出した折りに触れていますので、ここでは、本書の「序」を書いた安部磯雄の文章と、鑓田氏が本書とほぼ同時に、同じ出版社から出した『基督教と歎異鈔』の「序」を賀川が寄せているので、それを取り出して置きます。



              鑓田研一著『伝記小説・賀川豊彦』

                     序

 古来、大宗教家であって文學に傑出した人が少なくない。然し、賀川氏の如く、宗敬と文學を両手に握り、同時に社會事業の経営に敏腕を有する者は、極めて稀ではないかと考へられる。殊に、蒲柳の質であり、視力に不自由を感する賀川氏が、この三大資格を具備してゐるといふことは、全く一大驚異であると言はなければならぬ。

 私は、昨年京城に旅行する途中、関釜聯絡船内で一米國人に面會したが、彼は少年時代の賀川氏に基督教を傅へた宣教師であった。彼の語ったところによって、賀川氏が如何に宗致家としてのスタートを切ったかを想像することが出来た。賀川氏は宗教を単に自己修養の方便とは考へなかった。人類愛の教訓を實現するために、彼は紳戸の貧民窟に身を投じた。彼はかうして、文學者たり社會事業家たる前に、先づ熱烈な宗教家となった。彼は筆の人であると同時に、口の人、實行の人である。若し我國に世界的人物があるとすれば、それは救世軍の山室軍平氏と『死線を越えて』の賀川豊彦氏であらう。

 宗教と文學とは、多くの場合両立し得るけれども、この二者が事務的手腕と並立することは、全く稀有のことである。然し、賀川氏の場合には、これが立派に澄明されてゐる。現在の消費組合はどうか。医療組合はどうか。賀川氏は實にこの方面でも鮮な手腕を示してゐる。初めて賀川氏に會って對話する人は、賀川氏を単に才子肌の人と見るかも知れないが、私は最近賀川氏が鐡石の如き意志の人であることを知った。私は、賀川氏指導の下にある大學消費組合聯盟の役員であったが、或る事情のため憤慨して役員を辞した。その後、賀川氏に面會した時、氏はかう言ったものである。
『僕は一度喰ひついたたら、どんなことがあっても離しません。』
賀川氏が社会事業家としても成功したのは、この意気かあるためである。

 かうした意志の人賀川豊彦氏の生涯を描いた傅記小説が、今度いよいよ世に出ることは、実に喜ばしいことと思ふ。作者鑓田研一氏の才筆は、主人公の頭脳と心臓にまで迫ってゐる。

 私は、この小説を、近来の快著として人々に薦めたい。

    昭和九年十二月十二日
                            安  部  磯  雄





         鑓田研一著『基督教と歎異鈔』への賀川豊彦の序文

                      序

 内務省の統計に依ると、今年は、一週間に一つぐらゐの割合で新宗教が製造されたといふ。

 唯物論や暴力主義が一世を風廳した後に、どこからともなく宗教復興の聲が起って、それが時代の流行となってしまふのは、歴史的公式の一つである。我々の立場から見て、喜ばしい事には違いないが、どうも、昨今の風潮は、少し常軌を逸してゐると思ふ。

 理智にも情操にも富んだ、真に健全な人々は、迷信的なものを厭がるが、さういふ人々の気持にぴったり合ふのは、基督教を除けば、佛教である。そして、佛教諸派の中で一番基督教に近いのは、やはり、親鸞の起した浄土真宗である。

 真宗のどこに力があるか? それは他力本願の信心一点張りでゆかうといふところにある。

 彼等真宗の人たちは、とんな悪人でも、必ず阿弥陀によって救はれると信じてゐる。地方へ行くと、数百年来、この信仰を持っていて、彼等は、自分が餓死しても本山に寄附したいと考へてゐる。

 これは絶對帰依の境地であって、法然、親鸞を経て完成されたものである。真宗が基督教と一致するのは、この点である。そしてかういふ美しい他力宗教の極致が、親鸞の弟子唯圓が先師の言葉をそのまま傅へたといふ歎異鈔に描かれている。そこには親鸞ならでは見られぬ剛健な気魄が溢れてゐる。

 しかし、悲しいことには、この宗教を奉ずると称する者の中から、沢山女郎屋が出た。

 これは女郎屋その人が悪いからであらうか? それとも、そんな人が出るのは、真宗のどこかに欠陥があるからだらうか?

 私の友人鑓田研一氏は、最も巌正な立場から、歎異鈔を研究した。そしてその研究の結果が、『基督教と歎異鈔』となってあらはれたのである。

 私は、傅統的な宗教的雰囲気の中に育った開係から、歎異鈔も早くから読んで、感心するところには感心したのだが、根本的な点ではどうしても首肯できなかった。それで私は基督教に這入ったのである。

 私は、基督教側の人は勿論のこと、佛教側の人にも、鑓田氏のこの書を是非読んでいただきたいと思ふ。

    一九三四年十二月三日
                                賀 川 豊 彦




                 は し が き

 今ここで、基督教と、親鸞の宗教、即ち浄土真宗との全体的比較をすることは出来ない。私はただ『歎異鈔』に對して、基督教の精神と比較しながら、巌正な批判を加へるに過ぎない。しかし若し、『歎異鈔』が、親鸞の宗教の真髄を傅へたもの、そして梅原真隆氏などの言ふやうに、『愛読書といふよりは、もっと深刻な感じを与へてくれる聖典』、失ふことの出来ない『永遠の書』、見捨てることの出来たい『生命の書』、『いちばん度数おほくくりかへして拝読し、もっとも深いこころもちになってひもとき、ひさしく涙ながらに魂をうちこんで見つめる』ことの出来る書であるならば、この書を選び来っただけでも、基督数と親鸞の宗教との、全体的ではなくとも根本的な比較考量をすることは出来るといふものであらう。

 若し、私が、浄土真宗に對して少しでも自分のもの足りなさを表白するとすれば、それは決して頑迷な宗派心からではない。それは私自身の純粋な價値判断からである。それは全く私が基督教そのものに對してさへ取ってゐる態度と同じである。

 何物にも依存したい唯一不二の自己を尊重して、それを生かさうとし、それを生かしてくれるものなら、初めて自分以外のものをでも肯定する――そこに現代人の生活熊度と生活意識があるのである。

 私は、さういふ生活態度と生活意識とをもって、基督教の真髄を訣り出し、同時に、浄土真宗を批判しようとしてゐるのである。

 勿論、一口に基督教と云っても、何を基督教とすべきかは、大きな問題である。

 トルストイは、孟子が孔子を誤ったと同じやうに、パウロはイエスを誤ったと云った。有島武郎氏は、『イエスは二度十字架にかけられた。一度はユダヤ人に依って、二度目はパウロに依って。一度目の時、イエスは昇天した。二度目の時には地にまで踏み躙られた』と云った。

 現代の基督教研究者や神学者や牧師は、イエスとパウロとの宗教的相異に對して、少し無頓着過ぎるやうである。

 私は、この書で、かうした問題にも触れるつもりである。

                                     著   者


スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

keiyousan

Author:keiyousan
このブログのほかに同時進行のブログもうまれ全体を検索できる「鳥飼慶陽著作ブログ公開リスト」http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+toritori/ も作ってみました。ひとり遊びデス。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。