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連載:賀川豊彦の著作ー序文など(第183回)

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「神戸森林植物園にて」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)


       賀川豊彦の著作―序文など

      わが蔵書棚より刊行順に並べる
  
           第183回


      吉田悦蔵・賀川豊彦序『ナザレのイエス』

  
 さらに続いて吉田悦蔵著『ナザレのイエス』(昭和3月年、春秋社)を取り出して置きます。これも箱入り上製本で、貴重な写真も入っていて、ここにも賀川らしい特別の逸品! 賀川豊彦の序が収められていますので、ここにUPして置きます。



                序


 ギレアデの山々は俎のやうに広がり、ガリラヤの湖面は青錆びた古鏡のやうに輝く、あの美しいタイベリアスを、六月の黄昏に見た風光が忘れられない。

 微風だに吹かない六月の朝、玄武岩の突立つ湖水の東岸を見詰め乍ら、合歓木(ねむのき)の林を賞でつつ、水の豊富なマグダラ村や、シモン・ぺテロの生れ故郷と考へられてゐるベテサイダの人なき廃墟をひとり歩いたことは、私にとって一生忘れられない思ひ出となった。

 カペナウムは、三方小山に囲まれ美しい村である。浜は、小さな丸石の多い、夾竹桃の吹き乱れた、視覚的にも美しい幻影の與えられるところであった。

 ここで、あゝ、ここで、イエスがあの美しい自然の讐喩を説かれたのはあたりまへだ、と私は考へた。たとひ、私であっても、あの美しい自然に接し、あの玄武岩層で成立した澄み切った湖畔に少しでも住むことが出来るなら、イエスの説かれた天國の真理にあやかることが出来るであらうと思ふた。

 ガリラヤは全くの詩である。そして、あしこで人類の進路を指示せられたイエスの輝ける一生も、詩である。

 さうだ! さうだ! 天から人間に福音を運び、愛を以って死を蹂躙することを教へ給ふた十字架の神の子こそ、詩人の中の詩人であると云はねばならない。

 エズドライロンの平野を見下し、サマリアの山々を雲霞の中に仰ぎ、聖者エリヤとエリシャを偲ぶカルメル連峯を右手に望むナザレは、美しい詩の村だ! ヨナの生れたのも程遠くは○○メギドの古戦場も平日で行かれる。そこはエヂプト文明とバビロン文化の合流地であった。

 さうだ! さうだ! タボルの孤山も、小ヘルモン山の孤影も、全く、世界の他に見られない或る印象的なものを與へる。私はあれほど詩的なガリラヤを、嘗て世界の他の處で見たことはない。

 南の日が小ヘルモンの斜面に光を投げると、ナインも、シユナムも、エズレルも、みなその斜面の上にパノラマの如く浮び出る。半圓形の泥屋根、豆腐形の四角な家、その配合は砂漠に近い澄み切った空を通して、眼底に彫り付けられる。そこを、山地のナザレから、とぽとぽ歩いて、天國の近きを説いて廻られたことだと思ふと、イエスの一生は全く澄み切った空の中に浮き彫りの如く描き出された蜃気楼であったのだ!

 ほんたうに、イエスの一生は完き神の芸術であり、詩であり、表現であり、神の言葉であり、真理そのものであった。彼の一生は、神の内容を人類に告知した、はじけた柘榴のやうな生活であった。ナザレのイエスが出現しなければ、恐らく、恐らく人類は、神が愛であることを知らなかったらう。彼は神の内容そのものを人類に啓示した。神はイエスを通して、初めて内容を人間の方へはみ出したのだ。この意味に於て、イエスは神の初子、神の独り子である。

 日本のガリラヤ湖は琵琶湖である。そこには、イエスの弟子の一群が居る。

 愛を通してでなければ解らない神の真理が、そこでよく理解せられて居る。

 そこから産れるイエス傅は、愛ゆゑに書かれる意味に於て最も至純なものであり得る。

 吉田悦蔵は、イエスの忠実な弟子だ。彼はイエスをキリストとして仰いで居る湖畔の弟子の一人だ。彼はぺテロやヨハネの如く、漁夫ではない。然し、マタイであるかも知れない。彼の優しい性格は、優しいイエスを発見した。そして近江の兄弟達は、イエスに對する愛を包蔵して居る点に於て、ガリラヤの昔の一群に似てゐる。

 吉田悦蔵の書いた日本の福音書も、また新しい使命を持つと云はねばならぬ。種は湖畔に落ちた! 中江藤樹先生の隠栖せられた近江に、ナザレのイエスの種が落ちた。それは安土の近く、アウガスチン石田三成の城跡とも遠く離れてゐない八幡町に根を持ち、琵琶湖岸の四方にひろがる。

 福音は、千九百年昔に限られてゐない。ナザレから響いた福音は、今日も日本のガリラヤ湖に生きて居る。

 その生ける福音の証者が、今も死なない福音傅を記述することは、何と云ふ適当なことであらう。この書物は生きてゐる。それは、この著者自らが福音に生きてゐる証しそのものであるからである。

 響けよI ナザレよりの福音よ! 日本の隅々、隈々まで鳴り響け! そして傷つける魂と、抑へつけられたる無産者とを解放せよ!

 光栄の十字架よ輝け! 私は永久にその影に立たう。

 琵琶湖畔に落ちた種よ! 日本にひろがれ! 安土の真理は、今日も日本の真理であらねばならぬ。

    一九二八・丸・二〇
                        摂津、武庫川のほとりにて
                                    賀 川 豊 彦
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