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連載:賀川豊彦の著作ー序文など(第209回)

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「六甲高山植物園」(今日のブログ「番町出合いの家」http://plaza.rakuten.co.jp/40223/)


       賀川豊彦の著作―序文など

      わが蔵書棚より刊行順に並べる
    
             第209回


      K=H・シェル著『賀川豊彦―その社会的・政治的活動』

  
 本書は、2009年8月に教文館より刊行された、シェル氏のドイツ・ハイデルベルグ大学神学部の学位論文の邦訳です。ここでは著者の「まえがき」を取り出して置きます。


                     まえがき


 一九八二年―八三年の冬学期に、東京の北東七〇キロにある国立筑波大学宗教学部教授、小川圭治博士が、ハイデルベルク大学客員教授として招かれ滞在した。彼はハンス・ヴエルナー・ゲンジッヘン教授との共同ゼミを持っていて、私はそれに参加したことで初めて、日本の文化、歴史、宣教史ならびに日本のキリスト教の神学的傾向と、その状況を知ることができた。

 この学期で私は、神学者にして社会改革者である賀川豊彦について、日本の神学とあわせて学んだのであった。学期の終わり頃、小川教授より筑波大学に来て自分の下で賀川研究をさらに深め、日本のキリスト教会の現状も現場で学んでみないかと勧められた。一九八八年八月、賀川豊彦生誕一〇〇年の年、私はドイツ学術交流会(DAAD)の研究奨学金を得て来日した。一年目は、東京新宿の朝日カルチャーセンターで日本語集中コースに入り、それから筑波大学哲学・宗教学科博士課程の入学試験を受けて、以来一九九〇年三月まで正式なドイツ人留学生として在籍した。

 さらに上北沢にある賀川豊彦記念・松沢資料館(賀川純基館長)をたびたび訪れ、賀川研究学会に出席して、大学での研究の足りない部分を補った。この学会は賀川研究の諸問題を取り上げ、毎月例会を開き、さらに年に一度の研究発表学会を持っている。この論文で引用している、多くの賀川研究者らとの出会いが可能になったのも、小川教授の尽力による。賀川記念センターでは、関西方面の彼の活動について調査した。私の理解する日本
と生きたキリスト教は、実質的には一九二四年創立の日本基督教団信濃町教会のことである。大きな教会で、およそ四百八十名の会員がいる。私はさらに、東京・横浜ドイツ語福音教会の牧師として一年間(一九八九-九〇年)の契約で奉什し、日本のキリスト者との共同生活を通じて、大切な経験をいくつも与えられた。中でも森田弘道牧師の指導するディアコニッセ施設、加須市(埼玉県)にある「愛の泉」と、その教会との関係は貴重なものだった。

 私はなによりもまず、小川圭治教授、―現、尚絧学院大学学長――に多くの点で研究を支えられてきており、深く感謝している。日本研究の情熱を引き起こしてくれたのは、彼のおかげであった。はじめは全く未知であった文化を詳しく学んでいく中で、多くの理解と忍耐を私に向けていただいた。そして研究の方向性を示してくれたのである。

 日本の文献を人手する際、以下の方々に大変お世話になった。ここに感謝申し上げる。カール・べッカー教授(京都大学)、松本知子夫人(ドイツ東洋文化研究協会)、ロペルト・シュティーバー牧師(大阪、日本基督教団部落解放センター)、伊藤朋世(みやぎ生協常務理事)の諸氏である。日本国際交流基金や東京の日本キリスト教協議会から、日本での精神科学の研究や、教会の展開に関する最新の情報を得ることができた。

 アメリカの文献人手については、オースティン長老派神学校教授ジョンーアルサップ博士(テキサス)にお世話になった。
 ドイツ帰国後、テオドールーイェッケル牧師(オーバーウルゼル)とヘルべルト・ヴォルム博士(ハンブルク大学、日本学ゼミ)に助言を頂いたことを感謝したい。ヴオルフガング・エガー博士、ガブリーレ・ステューバー博士と、シュパイヤー、プファルツのプロテスタント領邦教会資料室の方々によって、ドイツ東亜伝道会の資料が利用できるようになった。日本語資料の翻訳には、井上良雄教授(東京)、エクコ・バウムバッハ氏(ランパートハウム)、保呂篤彦博士(名古屋)の方々から援助を頂いた。

 教会の奉仕に従事しながらこの論文を完成するのには、かなりの時間を要した。最後に、私の博士号論文の生みの父、テオ・ズンダーマイヤ―教授(ハイデルベルク大学)に感謝を申し上げる。彼は、終始批判的な目を持ちつつ、励まし続けてくれた。この論文(表題「日本のためのキリスト――賀川豊彦〈一八八八~一九六〇年〉の社会的・政治的活動」)は、ハイデルベルク大学神学部から、一九九三年博士号修得学位論文として認定されたものである。

  一九九四年 夏  バート マリーエンベルクにて
                            カール=ハインツ・シェル



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