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賀川豊彦の畏友・武内勝氏の所蔵資料より(5)

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  資料番号1-8-1(昭和27年日記)記載分

      春と聖書 3月16日夜イエス団 23日四貫島

 春が来た。暖かくなった。身軽になる嬉しさ。何万円もするオーバを着て歩くよりオーバなしでおれる春を有難く思う。兎に角活動が自由になることは楽しいことである。ストーブの熱より太陽の熱がうれしい。雪国の人達も春はうれしいであろう。

 自然が美しく変化する。枯れ木に芽が出花が咲く。昆虫が甦って来る。かえるもとかげも、ふなもどじょうも皆気になって来る。山に野に、川に海に、人間は親しみ易くなる。

 わらびがりよし、しじみとりよし、魚釣りよし、自然に接する喜びは清くて幸福である。

 山で楽しい最も大きな一つは小鳥の声である。此の付近で最もうぐいすの多いのは六甲山である。山でうぐいすの声をきいて私はとてもたまらなく嬉しくなる。人間が自然を愛していたら、このうぐいすも自分の手のひらの上でも鳴くものと思う。

 花の美は実に楽しい。花にも特長があり梅の花は香りがどこかに淋しさがある。桜は寿命が短く遊女の如き憾みもある。ボタン、シャクヤク、次から次へと美しい花が咲く。実に見事である。

 またあるものは、花に美がなくとも香りが高いくちなしや、木犀の金や銀の如きものがある。花も香りもよくないが柿や栗がある。ザクロの如きは花が美しく果が美しく芽も美しい。花や果は駄目でも、梅の新緑は花より美しい。春は実に愉快である。何故に春の自然は美しいのであろうか。

 神の栄光を顕すためであろう。何うして地球の表面も、かくも美しくなるのであるか。神様は性格が美であるからであろう。私にはその秘密が解らない。

 花は美しく咲くために全力を費やしている様である。小鳥もきれいな声で唱うが、力一っぱいであろう。神の栄光をあらわすために全力を用いているのである。

 春は人生の最も楽しい時である。楽しかるべきときに、楽しみ得ないことがあるとすれば、それは病気しているのである。

 何故花の様に、力いっぱい神の栄えのために美しくなれないのであろうか。人の目から観て美しくなれないか。美しくなると言えば、服装やパーマのことばかり考えるのは何故であろうか。

 何んなに多くの金をかけて作っても、心が神の栄えのためになっていなければ立派でない。

 人間にも香りがある。その香りは神の香りであろうか。電車の中で隣りや前に来る人が実に香料をぷんぷんさせているのであるが、人間らしい品位のある香りはない。

 人間の姿を最も美しくする方法は、心を美しくすることである。美顔術の、鼻を高くしたり、色を白くしたり、赤くすることより、心を美しくすることである。

 春は多くの教訓を与えるが、一番大切な教訓は、人生に新しい希望を与えて呉れることであります。

 何人にも然り。失敗者にも亦希望を与える。枯れ木に花が咲く。冬眠の昆虫も元気になる。人間にも春がある。

 キリストは復活した。自然が復活しても、キリストが復活しても、自分が出来なければ詰まらないが、人間にも春がある。

 第一は、時期を待つことである。待つことは静止することや眠ることだけでなく、時の来る準備をすることである。

 準備なきものに春はないであろう。勉強、技術、貯蓄、修養、職業、努力等々。然し、より大切な点は、神の栄を現す準備であろう。

 第一は救われること、第二は清められること 第三は奉仕することである。

 人が罪を犯さず、潔い心をもって、神と人とに愛の奉仕をする処に春は来る。否それを出来ること自身が有難いことである。

 希望のない人生は地獄に等しい。世に最も気の毒な人がある。それは無希望の人である。

 自殺者は失望者である。失望者が沢山ある。入学が出来なかった。結婚が出来ない。就職が出来ない。病気が治らない。商売に失敗した。

 入学が出来なくても勉強は出来る。頭が悪くとも技術は習得できる。失恋したって世界に人口は二十数億ありその半数は異性である。一人の男に一人の女は用意されている。何が心配か。

 就職が出来ない。ただで働く気なら何時でも働ける。一燈園に失業はない。宇都宮式保育園。或る女医の就職相談。商売に失敗した。儲けようと考えるから損をする。奉仕をするつもりなら食うだけのことは心配ない。 

 不治の病気は気の毒である。然し此の世には何うせ永くは住めない。永遠の生命を得て、気は治る。信仰すれば病気も殆どなくなる。失望するな。艱難は却って我等を強くする。

 試練にあって人はきたえられるのである。世の多くの苦労こそ勉強である。金持ちになったら此の経験が出来ない。


       *       *       *      *


 武内勝氏は明治25年生まれであるから賀川豊彦より4歳年下である。賀川が神戸の「葺合新川」での新しい生活を開始した明治42年(1909年)12月の、そのほぼ最初期の時から、武内は賀川と歩みを共にした「生涯の友」として知られる。
 ご子息の武内祐一氏のもとに大切に所蔵されていた貴重な資料が、奇しくも「賀川献身100年」を記念するこの年に閲読を許されることになった。

 資料はふたつの箱に収められ、ひとつには「賀川先生の手紙」と書かれた箱で、武内宛の賀川豊彦・ハル夫妻の書簡が、およそ120通などが収められ、ひとつは「武内勝の手帳」33冊のほか写真や重要書類、武内勝の珍しい下書き原稿などが入っていた。お預かりしたその時から当方で勝手に「お宝の入った玉手箱」と名づけて、いま少しずつこの資料の整理に当たらせて頂いている。

 この度、祐一氏のご好意で所蔵資料の「お宝」を、いかようにでも適宜公開することが可能になり、「賀川豊彦献身100年事業オフィシャルサイト」を主宰しておられる伴武澄さんのもとに、ためしにメール送信したところ、嬉しい事にこのような大変読み易いかたちでの掲載となった。これまで三つの「お宝」を紹介したが、今後も不定期便で伴さんのもとにメール送信をさせて頂き、伴さんのご判断で取捨選択の上、公開いただく予定である。

 ところで、武内勝氏に関しては、1973年に村山盛嗣氏によって編集された『賀川豊彦とそのボランティア』(本年(2009年)末「献身100年記念」の一つとして再版予定)で、武内氏の神戸イエス団教会での貴重な講演記録が残されているが、これまで武内勝の書き残したものは極端に少なく(なぜかあの『百三人の賀川伝』のなかにも武内の寄稿がない)、今回の「お宝」の閲読によって、その働きの一端を知ることが可能に成る予感がする。そのことによって神戸を中心とした「イエス団」の歩みも、その全容がいくらか明らかになるのではないかと期待している。
 本年すでに『中国史の研究』(朋友書店)で知られる浜田直也氏の労作のひとつとして「神戸イエス団教会」の1909年から1941年までの歩みを纏めた第一次草稿が完成しているが、今回の「玉手箱」は、それらを肉付けする第一次資料として活かされることが期待されている。

 ともあれここでは、おぼつかないことではあるが、少しずつ「武内勝の手帳」からも、自由に書き写し、「武内勝の世界」を想起させていただくことにする。この第1回は、昭和27年の手帳の中に残されている、「イエス団」における武内のお話のメモである(同じお話を四貫島でもされたようである)。なお、武内氏のメモは殆ど句読点がないが、便宜のため句読点や改行をしておく場合があることをお断りしておく。

(補記 私にとって武内勝氏はむかし、1966年3月、神戸イエス団教会に就任する際、一度その面接の場でお会いし、その折かけていただいた氏の温かい言葉のひとことが忘れがたく(このことについては拙著『賀川豊彦の贈りもの―いのち輝いて』(2007年、創言社)にも収めている)、その面接の後、忽然と武内氏は生涯を閉じられ、武内氏のご葬儀の仕事がわたしの初仕事であった。以来ずっと私にとって「武内勝の世界」は是非ともいちど親しくお訪ねしてみたかったものであった。奇しくもその機会がここに到来したというわけである。)(2009年5月5日記す 鳥飼)


 補記 
 「オフィシャルサイト」で公開された時は、武内氏の御話の文章だけを掲載していただいていたので、コメント部分は今回が初出である。
 お話の題のところに書かれているように、「愛と聖書」というお話は「神戸イエス団」と「四貫島」で語られているが、これをUPしていただいた時点では、まだ大阪「四貫島」での働きに関するわたしの知識は皆無に近かった。
 ところがこれまた不思議なご縁で、大正時代の末期の「四貫島セツルメント」の開設当時から活躍された「吉田源治郎牧師」の残された膨大な資料を、ご御子息の吉田摂氏よりお預かりする機会に恵まれた。それは、1995年の「賀川献身100年記念」の終わってからのことだったと思う。
 これらの資料は、吉田摂氏が長年にわたって蒐集してこられた貴重なものばかりであったが、これもまたまったくの手探りで、取りあえずの作業として資料整理を進めることになり、武内勝氏の資料紹介に引き続きこれも、伴武澄氏のサポートをうけながら、150回にもわたって長期連載をさせて頂いた。それは「KAGAWA GALAXY <吉田源治郎・幸夫妻の世界>を訪ねる」というタイトルで纏める事で、その責任を果たすことが出来た。
 これらの作業を続ける事で、賀川豊彦・ハル夫妻、武内勝・雪夫妻、そして吉田源治郎・幸夫妻の、それぞれの生涯と思想とそこに形作られて来た「イエス団」と「神戸イエス団教会」、「一麦寮」と「西宮一麦教会」、そして「四貫島セツルメント」と「四貫島教会」などの歩みや幅広い信徒運動でもあった「イエスの友」の活動など、まだまだ断片的な素描とはいえ、凡その輪郭のようなものが、ようやく描けるようになってきたように思う。(2014年1月18日鳥飼記す)
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