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賀川豊彦の畏友・武内勝氏の所蔵資料より(18)



   賀川豊彦・ハル夫妻の「台湾の旅」
 
 前回、1922年(大正11年)3月3日、京都岡崎公会堂で創立の「全国水平社」のことに言及した。そして「総裁は賀川豊彦氏の呼声が高い」とする朝日新聞京都付録の報道を紹介し、実際はその時賀川は、ハル夫人と共に台湾にあって、創立大会には参加していないことを記した。

 同年2月8日、門司港からの一ヶ月余りの「台湾の旅」は「視察と伝道の旅」であるが、この旅は期せずしてハル夫人を同伴しての旅となった。

 それは度重なる暴漢による脅迫のため、ハル夫人を残せない事態が生じて、急遽同道することになったようであるが、結婚後9年目にしての「はじめての二人旅」は、賀川夫妻にとって、恐らく生涯忘れることのできないものであったに違いない。

 かてて加えて、それまで10年間、新しい命の誕生の喜びを経験することのなかった二人の間に、ナントこの「台湾の旅」のなかで、「天与のいのち」を授かる事になったのであった。ご長男「純基」の「いのちの誕生」である。


 ところで「玉手箱」の中に120通余りの武内勝宛書簡の中に、「台湾の旅」からの2枚の絵葉書が残されていたのである!

 1枚目の絵葉書は、はじめ「二月二十七日」という差出の日付だけあって、消印からも差出の年も確定できなかった。

 絵葉書に「阿里山登山記念」とスタンプが押されていても、わたしには台湾のことも全く無知の身、日本にこんな山が何処にあるのかな?などと思いめぐらすだけ。

 ただ、短い文面の最後に「豊彦」と「ハル」の、お二人の名前が並んでいて、これは大変珍しいものだな、と思ったものの、初見ではこれを見過ごしていた。

 あて先は、「神戸市灘道下ル 神戸市立労働職業紹介所 武田勝様」である。


img464.jpg



 本文は、

     阿里山より
     お便り申し上げ
     ます 
     皆さまによろしく!  
              豊彦
              ハル 
      八千尺の高地より通
      信いたしました



 絵葉書の写真は「阿里山扁柏林」の説明があり「阿里山登山記念」のスタンプがある。

 調べてみると「阿里山」は台湾の有名な観光地。森林鉄道に乗って遊楽区があるとか。


img465.jpg

       *    *    *    *

そして2枚目の絵葉書のあて先は

「神戸市吾妻通五丁目 イエス団 武内勝兄」

 差出場所は「台湾高雄港」 差出人はハル夫人と連名ではなく「賀川豊彦」。


img466.jpg


 本文は、

      色々留守中は御世
      話になります。高雄では
      子供たちが海水浴をいたして
      居ります。凡て植民地
      の整理が著しく発達し
      て行くやうであります
      私はただ十字架のイエス
      だけを凡ての人に紹介いた
      して居ります。何分よろ
      しくお願いいたします。
       二月十七日
 


img467.jpg


 この「台湾の旅」は、賀川にとって「台湾初体験」である。

 これから丁度10年後、1932年に「台湾の旅」経験している。
 この時は、黒田四郎氏を伴って、3月5日に神戸港を出て、およそ一月間にわたり台湾各地で、54回もの集会を行なったことが知られている。
 その後、賀川の三度目の「台湾の旅」は何時だったのか? あったのだろうか。


 追記

 ところで、『人物書誌大系37』の巻末の「年譜」によれば、

1922年
2月8日午後4時 亜米利加丸で門司出港、暴漢に脅されることを心配した見送りの人々の勧めに従い、夫人春子を連れ、台湾へ蕃族視察と伝道へ
2月8日午後4時 亜米利加丸にて、夫人春子をともない台湾を訪問 台北、高雄、台南、全島の基督教伝道状態、並びに蕃界を視察
2月11日~14日 日本基督教会堂で宗教講演をした後、労使協調、普選問題、思想の趨向の論陣を展開
2月13日午前9時半 “新文明に対する婦人の使命”
2月13日午後10時 ”イエスと弟子との関係“
2月14日午前7時 ”イエスと祈祷の心理“
2月14日午後7時 ”イエスと信仰“を台北日本基督教会で講演
3月2日 新竹発桃園より角板山に至り、蕃界を視察、基隆、台東花蓮港方面へ
3月5日午前9時半 台北日本基督教会で説教」

とある。そして10年後の1932年のところには、

1932年
3月5日 台湾での神の国運動の伝道に、黒田四郎を同行、神戸より朝日丸で出発
3月8日 朝日丸で台湾・基隆着。基隆入港から23日まで、主に神の国運動の為、台北、台中、基隆を回り講演。集会54回、聴衆者合計175,082名、決心者1,030名
3月23日午後4時 基隆発の瑞穂丸で離台」

戦後、台湾の訪問は確認できない。(2009年6月12日年鳥飼記す。2014年1月31日補記)


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