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賀川豊彦の畏友・武内勝氏の所蔵資料より(34)

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    印度の旅先からの絵葉書:タジマハール  

 「1938年11月15日 印度・マドラスで開催の世界宣教大会出席のため、日本代表21名と共に、伏見丸で門司より出発。上海、香港、シンガポールを経由して印度へ向う その上海、シンガポールで、それぞれ日本軍閥の中国侵略を批難する講演と、ラジオ放送を行う」(「人物書誌大系37賀川豊彦Ⅱ」628頁)

 賀川の「身辺雑記」には、この時の「印度の旅」の準備段階から旅を終えて帰国までの詳しい記録が、春子宛の4通の書簡と共に書き残されている(267頁~278頁)。

 はじめに記した「マドラスで開催の世界宣教大会」とあるのは、「身辺雑記」では「タンバラム(マドラスより16哩南)のキリスト教学校で、世界ミッション大会が、12月13日かの夜から開かれた。それには470名余り出席した。今ここに70カ国の代表が集まっているのだ。各国の人々と祈り、語り、相談する事は実に愉快である」とある。

 そして「1月12日ボンベイに着く。美しい街だ。小さいニューヨークの感じがした。・・田舎の修道院でガンヂーと会った。先ず印度哲学及び印度宗教と、ガンヂーの無抵抗主義の関係について質問して見る。ガンヂーは汎神論の立場を取り、サンカラという有名な紀元7世紀頃の哲学者の方向に自分が向っていると言っていた」などと記した後、2月2日 朝9時、ラクナウに着く。という記述がある。

 豊彦はここラクナウから、兵庫県武庫郡西宮北口 一麦寮 武内勝大兄宛に、次の絵葉書を差し出している。

      *      *      *      *

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     世界最美の建築で数億円を
     使用したと云われるタジマハールを
     見ました。全くその技巧に驚き
     ました。印度は建築に於いては
     世界的に進歩した力を持ってい
     ます。然し森林を伐採しすぎた
     為めに驚く可き危険に瀕しつつ
     あります。協同組合は全く失敗
     しています。二十人に一人しか読み書き
     が出来ないので無理もありませぬ。
     主にあれ ラクナウ  賀川豊彦

   *       *       *       *

 ラクナウに到着する前に豊彦は、文面にある「世界最美の建築」「タジマハール」に1月31日に出会っている。
 「身辺雑記」には、その美しさを、こう記す。

 「ジャムナ河畔に立つタジマハールの宮殿は美しい。実際言葉に尽くし得ぬものがあった。特に、それを王の宮殿より見た時の美しさは、譬えるに言葉がなかった。
それはコトンの聖堂に比すれば、大きくない。然し、其の美は、蝦の首のやうに見える対比を持っていた。
遠くより見れば、それは玉の如く、近寄れば逃げ、退けば追いかけてくるやうな気がするほど、よくできた建築である。或る米国婦人は、其の美に感激して、泣いたとのことである。」(275頁)

         *       *       *       *

 最後に、印度の旅の帰路、「3月11日 支那海より」豊彦が春子に宛てた書簡の一部を紹介しておく。

  印度では27夜を汽車で送り、10数万人の人々に話を致しました。
  然し例の入れ歯が全く悪くなり、演説が出来なくなりました。
  それで18日、神戸入港と共に歯の修復をして貰います。それまで報告演説など出来ないのです。
  何しろ前歯4枚が落ちてしまったのです。・・
  船はこれから上海を経て神戸に廻りますが基陸に立ち寄るので飛行便で手紙を送ります。
  今度の旅行は苦しかったですが、非常に有益でした。
  宗教学的研究にはなりました。(277頁~278頁)

           (2009年7月29日鳥飼記す。2014年2月18日補記)

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