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賀川豊彦の畏友・武内勝氏の所蔵資料より(50)

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 お宝発見「武内勝日記A」(3) 昭和2年8月~昭和4年6月

 ここまで昭和2年を2回に分けてお届けし、今回からは昭和3年分を4回に分け、お目通し頂く。

 今回の写真は、昭和2年に開始された「日本農民福音学校」第1回の写真である。武内日記に触れられているように、武内も賀川豊彦や杉山元治郎らとともに講義を担って「職業紹介事業」を講じているようである。


福音学校第3回写真


            *      *      *      *


             昭和三年一月~3月

一月一日 日 晴
エペソ四章を読む。明治・大正・昭和と時代の進むに従って、日本は嘗て経験しなかった事を、体験しつつある。明治維新は、古きを去って大いに新しくなる為に、大正は権利の平等を中心に、それぞれ大いなる貢献をした。そうして昭和の年に於いては、心を新しくして、良心に目覚め、神の国運動の盛んにならん事である。夜は、新春にあたり各自の希望、所感を述べて、感謝の中に閉会した。今日、中川、山内、山根、川合の訪問客があった。

一月二日 月 小雨後晴
イエス団の青年男女二十一名が、六甲登山を決行した。山の中腹以上は降雪に及び、樹木に雪が積もり、白花の咲き埖へるが如き観あり。美しくって美しくって例え様がなく、人間の眼球に斯くも美しく映ずることの不思議と、自然の美とを合わせて考えつつ、神の御手の業の巧妙に感じつつ、頂上の峰を東へ東へと進み、茶店にて昼食を済まし、ゴルフ場付近に至り、氷池の上を滑り、又芝山をソリに依って滑るなど、二時間ばかり喜戯夢中にして時間の経過するを覚えず、三時十分前に下山し、我が家に帰りしは六時なりき。

一月三日 火 晴
イエス団の青年が集まり、夜十時迄、偕に小児の如くなりて遊び、笑って笑って笑い労れて、今日の一日は終わった。

一月四日 水 晴
年中無休の紹介所も、正月三が日ばかりは休日なるも、今日より又出勤である。僕には休日らしい休日は、年中一日もない。日曜日の休みは教会に出勤し、正月の休みや祭日の休みには、青年達の遊び友達となり、本当の休日なるものは結局一日もない訳である。

一月五日 木 晴
今日も一日働いた。土木課の不正なる行為にも驚く。本当に正しい道を歩む者はあまりないものだ。義人一人もないと、パーロの言葉を今更の如く思い出す。夜、松山君の訪問あり。クリスマス会計の計算をした。

一月六日 金 晴
第二号線に於いては、賃金支払伝票の乱発をやって、労働者に無茶苦茶に支払った。其の上、数名の者が労働者を食い物にしての不正行為があるが、自分の正しい態度に恐れて乱発を廃止したが、収入が無くなったからと高木の如く乱暴するには呆れて終う。

一月七日 土 晴
第二号線の解決がつかない。然し、不正は不正として取り扱い、既に欺かれて支払いたる分に対しては、伝票発行者及びその主任者が弁償するのほか道があるまい。責任者の市河氏には同情するが、不正を承認する訳には行かない。自分が此の問題を公にすることを、土木課員は勿論の事、労働者迄が自分を憎んでいる様である。正しき事の為には、人に憎まるるも止むを得ない。

一月八日 日 晴
市河氏は遂に弁償した。三百五十九円六十銭の現金を出した。賀川先生、杉山元治郎先生、其の他宣教師、中学校教師等の出席者があって、説教は杉山氏が担当せられ、賀川先生は選挙準備及び之が実行方法に関して意見を述べられた。

一月九日 月 雨
去る六日、神戸又新日報に、猫の目と称する者より、失業救済事業に関し、奇怪なる噂と題する投書があり、之の弁明書を自分が草稿することになった。
又去年十二月以来の、伝票に就ける正しからざる点の報告書をも提出せなければならなくなった。書くには幾等でも書くが、自分としては書く事は不得手であって、斯かる事件位に筆取ること苦しい様では仕方がない。今より大いに勉強して、ペンを取る事に不自由なき様にしたいものである。

一月十日 火 雨
昨夕も午後九時迄、本日も午後九時迄居残った。働いても働いても、人が増しても自分の仕事は依然としてつかえている。人に代わって貰う事の出来ない仕事がある。自分の生存している理由もここにあるか。

一月十一日 水 晴
今晩の祈祷会で祈らなかった者は唯一人だけであった。本当の祈り会のように感じた。十二年血の道を病みし娘の癒されし記事を読み、信仰の単純と美とを説いた。平川、河田両氏の失業より救われん事と松本、佐藤両兄の健康に快復せん事を祈った。

一月十二日 木 晴
社会課長、土木課長、水谷書記の三名と自分とが、失業救済に纏わる重要事項に関して協議した。来年、失業救済事業を開始する時は、賃金の支払いには会計課直接に出張支払いをしたら、手数の重複がなく、我々も安心して紹介事業に従事出来る。然し、自分がやって面倒な事は、人がやっても矢張り同様であれば、責任回避をするよりも、勇ましく苦労を忍耐することとするか。アメリカより徳憲義兄は、金壱万円也を援助して呉れた。厚く感謝す。

一月十三日 金 晴
仕事ばかりに気をとられて、頭を空にする事を損失と思う。我が心に神あり。神を崇めて、聖旨を想うは、自分の最も楽しみとする処である。惜しい事に、忙殺されて疲労しきった。

一月十四日 土 晴
イザヤ書を読み、イザヤの偉大に、今更の如く教えられた。彼は、実に偉大なる者である。彼は、神を中心に世界を観ている。人類の堕落、貧者の苦痛、国の滅亡、一切神を信ぜぬからであるという。凡ての過ちを、神より離れし為であると教える。又神を信じて、本当に人も国も栄えるのであると。而して人の、神に心に服従せんことを主張す。何という偉大なことであろう。

一月十五日 日 晴
朝の礼拝説教に、イザヤ書に関する所感を述べた。夜は、新受洗者六名を歓迎し、尚久しぶりの懇親会を催す。ただし、会費金十銭也を各自支弁し、楽しき親睦を計って、九時三十分閉会した。日曜日の休業を廃し、出勤して十二月中の月報を作るために働いた。昨夜の雪で、山が白く見える。

一月十六日 月 晴
今日やっとの事で、十二月中の月報が出来た。米国在住の井上氏から書面が来た。帰朝は来年八月頃になるであろうと言い、古着を盛んに集めて日本に送る準備をしつつあると言う。井上氏は渡米してイエス団を助けて呉れた。

一月十七日 火 曇
余り多忙すぎて、考えるの暇も、手紙を書く時もない。不思議に書く事もない。

一月十八日 水 雨
祈祷会 教会に於いて友と共に考え、又語り祈る事は、何としも幸いな事である。他の場合、何処に於ける会合よりも、矢張り神聖であり真面目であり得る。

一月十九日 木 曇
仕事に追い回されてヘトヘトに労れ、読書の出来ないのが残念だ。春先から夏にかけてウンと読むとしよう。出来ない時に無理にやる必要もなかろう。

一月二十日 金 晴
高山君(仮名)が初めて恋の物語をした。失恋とまでは行かずとも成功覚束ない。気の毒である。然し相手の娘とは既に自由に、本人同士は結婚の約束までしていると言う。親が反対で承知しないという事だが、何とか甘く解決を与えなければ、彼は仕事も手につかないと語った。然も涙ながらの告白であった。

一月二十一日 土 晴
明治太平記を読むは楽しみである。物を知る事に依って我は育つのである。狭い国の事柄も、歴史を通してよく解って来ると、深い様である。知識を得る毎に、狭い処が広くなり、浅い処も深くなる。

一月二十二日 日 晴
礼拝説教 レプタ二枚信仰と題して述べ、夜は、イエスに一切を棄て、服従したる者は、此の世に於いても百倍を受く、と述べしも、思う様に語り得ずして不快であった。集会後、平川氏の送別会を催した。七日前には歓迎し、今日は送別す。人生一寸先は闇とは間違いない。
昼、五人の青年の訪問を受けた。

一月二十三日 月 雨
平井光雄氏、朝鮮より来り我が家の客となる。お互い健康にして相会せるは喜ばしい。議会解散後、第一回の普選なりと社会は緊張している。今度の選挙で一番興味のあるのは無産党である。都会では割合に人気があるが、地方に於いては何うだか知れない。折角幸運に成功するとも三十を超えず、少なくとも十五名は出すであろう。

一月二十四日 火 晴
日本に理想政治が施行されるか否かは、此の選挙にある。後日悔いを残さぬ様に、国民は大いに覚醒し、嘗て行なわれし如く、情実関係、買収等の不正手段に依らず、大いに正々堂々と真の理想選挙を行なうべし。

一月二十五日 水 晴
午前六時三十分、杉山君の訪問あり。徳広兄の奥さんの永眠を報知せられた。誠にお気の毒に堪えない。病床にあられた事はよく承知していたものの、見舞いにも行かないで申し訳ない事をした。兄の為に祈る。夜、納棺式に出席した。兄を初め遺族の方々に気の毒で涙が流れて止まらなかった。

一月二十六日 木 晴
徳広氏の葬式に参加し、イエス団を代表して弔辞を述べた。思う様に述べ得なかった。

一月二十七日 金 雨
神戸消費組合の総代会に出席した。昭和三年度の利益金六千円を超過した。これで神戸消費組合の基礎も確実となった。組合員も毎年百名内外の加入者がある。従業員全体に感謝す。此の組合が、英国のそれの如く著しい発展を遂げ、社会改造の一助とならんことを。

一月二十八日 土 曇
忙しいのみの一日であった。

一月二十九日 日 晴
汝等互いに相愛せよ、とのイエスの教訓を説明した。昼は眠って頭脳を休めた。夜の集会に於いては、イエスを知る事を以って凡てに勝るとの、パーロの書簡を説明した。太鼓を買うことにした。之を用いて伝道の一助とせんがためである。

一月三十日 月 晴
普選問題で新聞記事は満載である。講演会も毎夜である。此の選挙を通して、日本の政治が少しでも明るくなる様に、天の父に祈らざるを得ない。

一月三十一日 火 
遠来の客・平井光雄氏が今朝我が家を去られた。彼の健康と向上との為に祈る。

二月一日 水 晴
祈祷会に出席して、岸部・堀井両兄から、死と復活に関する感話を聞いた。自分も又死に対する感話を述べた。今夕又、日本の救いのために祈った。

二月二日 木 晴
好晴、三四月頃の気候である。空を仰ぎ観て、見渡す限りが晴れ、太陽の熱熱くして、山のかすむは何と言う好き日であろう。何だか此の好き日を、祝い歌わざらざるを得なくさせられる。救世軍少将アンゾロフ司令官の歓迎演説会に出席し、有益なる話を聞いた。或女士官は、らい病人に奉仕する事九年にして、遂に我が身も感染するところとなり、医師の治療宣敷を得て、犯されし病も全快する見込みが立った時、士官は上官に問うた。私の健康が快復しても、矢張り此処に置いて、従前通りの働きをさして下さるかと。上官は答えて、折角癒された身であるから、又病気してはならない。故に転任させると、女士官は此の答えを聞いて言った。私は、健康回復して此の人に奉仕が出来なくなるのであれば、私は此の病気のままで置いて、現状通りの働きを継続させて下さいと。ああ此の女士官こそ、イエスの愛を実行しているのである。誉むべきかな、女士官。偉大なるかな、イエスの愛。

二月三日 金 好晴
聖書之研究一月号、ボーイズ・ビー・アンビシッャスを読んで、大いに教えられた。自分は既に壮年である。然し大望心を以って、将来善き奉仕をしたいのである。

二月四日 土 晴
自分の如き者でも、天の父は何時大命降下あって、主の業を行なう大いなる者として、用いられるかも知れない。ぼんやりしていては相済まぬ。何時でも御用に立ち得るだけの準備をして置かねばならぬ。一日のいと小さき仕事も又、其の心掛けで大事と同様忠実に真剣に、働かなくてはならぬとつくづく感じた。

二月五日 日 晴
テサロニケ前書の説明をして、礼拝説教に替え、夜は、ヨハネ第一書の、神の子の顕るるは、悪魔の仕業を壊たんが為なり、の聖句を講義した。

二月六日 月 雨
杉田、広木、杉山の諸氏の訪問があった。来客のあるは止むを得ないが、読書の出来ないのは残念である。然し、独り読書する以上に、来客の為となれば是も善事をなしたので、悔いるには及ばない。

二月七日 火 晴
日本物語全史の第二回配本を読んだ。日本に住んで居て日本を知らなかったが、第一第二巻を読んで少しは解った。矢張り書物は読まなくてはならぬ。

二月八日 水 晴
岸部兄が、再び主の再臨説を述べ、堀井兄、主の救いに関して所感を語り、自分は、岸部兄の説に自分の信仰を語って祈った。特に選挙に就いて祈った。

二月九日 木 晴
仕事が日に片付いて捗るのが愉快である。数日間は読書も割りに進む。感謝である。

二月十日 金 曇
自分の如き者が、神と人との為に奉仕するの士気を抱くは、全く不思議で仕方がない。無知であり無学であり、無力で裸である。何が自分に出来るか、将来を考えても不安である。然るに何物の故であるか、大いにやれやれと、絶えず我中心にささやくものがある。これキリストの愛の励ましであろう。我は、我に絶望して、キリストに服従しよう。

二月十一日 土 雪
大雪である。新聞は三センチも積もった書いている。今より二十二年前、丁度二月十一日に大雪が降った。それ以来、今日程の積雪を見る事がなかった。二十二年前、窪田の工場に通勤していた時、下駄の緒が切れてハダシで歩いた事を追想した。高山君(仮名)の恋愛問題で、近江の大溝迄旅行したが、先方不在で要領を得ず帰神した。高山君(仮名)の結婚問題は、困難中の困難である。

二月十二日 日 曇
昨日の降雪が未だ消えない。山の美は特別である。一銭も要せざるに、一夜にして山全部を真っ白に、花化粧し給うた神の御手は大きい。キリストの愛に就いて説き、礼拝説教とした。夜は、魂の改造と題して述べた。

二月十三日 月 雨
聖書之研究は、何と言っても信仰の深き真理を教える。日本になくてはならぬ最善の誌である。自分がこれに依って教えられた点は、実に大きいものである。先生の此の世に存在せられし間に、一度は謝礼に往かなければ済まない。実に恩人である。

二月十四日 火 曇
選挙の競争で、労働者は余程仕事が増えた。ポスターを貼り付けして廻るだけでも、実に多数の人夫を要する。印刷所に紙屋は大繁盛である。然しビラの貼り方は無茶苦茶で、都市の美観は大いに損している。

二月十五日 水 晴
米国では、一ヵ年に七億五十万ドルの菓子を喰い、二十五億二千五百万ドルの白粉を使用すると言う。物資には不足はない。天然の産物を粗末に乱用し過ぎるのだ。祈祷会に出席した。何だか気抜けのした集会であった。但し之は、自分に何等の準備もなかったからであって、人が悪いのではない。通俗世界全史を読んだ(十四巻)。知る事は矢張り愉快なことである。書のよく読める時、心の中に満足がある。

二月十六日 木 晴
少年の職業指導に就いて、色々と学んだ。少年に適当なる職業に就かしめて成人したる後、アンコウの如き労働者となる者の、日本に一人もなくなることを切に祈る。一定の職なき不塾者が仕事ないかとて迷っている。技能あるものさえ失業に機会が多いのに、無職者の業に就けざるは当然である。日雇者の多くは、仕事があるも働けない者ばかりだ。

二月十七日 金 晴
ペスタローチの教育を読んで有益なる事を学んだ。若し自分に子供が与えられるなら、彼の説に従って教育したいものである。

二月十八日 土 晴
選挙演説場は、官憲が出張監視して、あらん限りの圧迫を加え、干渉甚だしき為、却って無警察の状態にある。警察の不在が却って安全の如くである。

二月十九日 日 晴
種蒔きの例の説明を以って、礼拝説教に替えた。昼は一日家にあって、庭に雛を作る事と湯場の片づけで忙しい程であった。詩の百三編を述べた。寒い日であった。政友勝つか民政勝つか、無産党何名出るか、昨今の日本の問題はこれで持ちっきりである。

二月二十日 月 晴
生まれて最初の衆議院選挙投票に往った。河上丈太郎氏に一票を投じて置いた。之が日本に於ける第一回の普選であって、自分の又第一回の選挙権行使である。

二月二十一日 火 晴
今日は開票日であって、誰が勝って誰が負けるかが、日本の大問題となっている。神戸に於いては、野田、砂田、藤原、河上、中井の順で当選した。河上氏は評判程の数は勝ち得なかった。然し最初の出陣であれば、大成功である。

二月二十二日 水 晴
杉山、吉田、加藤の諸氏が落選した。残念なことをした。次の選挙まで待つほかはない。政府は、無産党は五名だと予想していたが既に六名になっている。

二月二十三日 木 晴
無産党、遂には八名となった。然し自分の期待の半数である。この理由は、一つは各無産党間に協定が甘く出来なかったことである。又一つは、善き人物がなかった点であろう。今一つは、無産者が目覚めていないからである。以上の理由が最大なるもので、其の次が官憲の圧迫及び干渉であったであろう。

二月二十四日 金 晴
政友二百十九名、民政二百十七名、無産八名、革新に実同各四名、十八名中立である。政府当局者の期待は裏切られた。ロスアンゼルスから四十三円六十銭の援助金送付があった。有難く頂戴する。好意を感謝する。

二月二十五日 土 晴
思想全集第四十九巻を読了した。又もう一度繰り返して読みたい。次は、種の起源を読むであろう。一冊を読むに一週間を要する。何でも去年の読書以上に読みたいものである。

二月二十六日 日 晴
善き好晴である。凡ての物が、皆天を仰いで歌っている様な感じがする。全く春になった。朝は、神の子の自覚と題してヨハネ十章を読んで説教した。夜は、賀川先生久しぶりで説教せられた。二時間午睡して一週間の疲労を癒した。

二月二十七日 月 晴
山はかすみ、海は静か。空は晴、鳥歌う、全く春になって終った。自分の将来を夢見て、一大伝道せなければならぬと、心密かに決するものがある。然し、今三四年は、落ち着いて現在の仕事と読書とを続けて行くであろう。

二月二十八日 火 晴
蝶や蜂が存在することに依って、植物の花が美しくなったと言う。奇妙なことであろう。花を以って地球を装飾することの出来るのは、全く蝶や蜂のお陰であるとは、ああ此の世に、意味なくして存在するものは一つもないであろう。

二月二十九日 水 雨
祈祷会に出席しなくてならぬものは、神必ず与え給うとの約束に就いて述べた。朝の多読がたたってか少し頭が重い。

三月一日 木 曇
不思議で不思議で仕方がない。凡てのものが皆不思議である。私の眼の玉に天が現る。山も野も皆現る。観えることが不思議である。私の耳に音が聞こえる。風の音が、汽笛の音が、工場の音が、人の声が、或いは高く、或いは低く、何という不思議であろう。私は物が言える。手が動く。足が自由に動く。何という不思議であろう。そう考えている、その事が不思議でならない。

三月二日 金 晴
政友は再び議会解散を辞せずと言う。民政は不信任案提出して、現内閣を倒してみせると言う。何うなる事か知れないが、日本の政治上の大問題となっている。

三月三日 土 晴
桃の節句である。雛人形一つもないが、甘酒一杯呑んで、之を祝いの印とした。誠に簡単極まる節句である。

三月四日 日 晴
神の聖旨を行なう事に関して述べた。今日より鶏七羽を我が家の家族として迎えた。鶏舎を建てるに終日費やした。お陰で生まれて初めての金網も編んで見た。夜、賀川先生の説教があり、十年後には大変化があり、その時はイエス団からも大人物が出ると予言した。自分も、労働者伝道に就いては大いに責任のある事を感ずる。

三月五日 月 小雨後晴
将来、大いに伝道すべしと心底静かにささやくものがある。何を為すも、神の栄光を顕さんが為ではあるが、特に伝道の使命の重且つ大なるを痛感す。

三月六日 火 晴
何年目かに、父が紹介所を訪れて来れた。父は当年六十四歳なるも、身体頗る強健にして、一切病気せず、少々不摂生するも、尚健康失わずと、又彼が灸治の道に熱心なるにも驚く。今は、紀州新宮に居住すると言い、尚又紀州に赴くとの事。当地に来る主たる目的は、自分の健康を気遣ったが為であると言う。ああ矢張り親なるかな、誰か自分の健康を心配して、神戸まで見舞うものだ。

三月七日 水 晴
祈祷会の出席者が二十二名もあった。神戸市内の教会で、祈祷会に二十名も出席する教会は、他には唯一箇所もあるまい。イエス団の祈り会は、神戸の為に祈る宮の様である。人もし渇かば我に来りて飲め、との主エスの言葉に就いて述べた。去年今日の夕方、西宮の賀川先生宅に於ける冬季農民学校へ、職業紹介に関する講座に出掛けた時に、大激震があった。奥丹の激震となったのである。満一ヵ年の記念日である。

三月八日 木 晴
ジャンジャク・ルソーのエミイルを読み、ルソーの教育に対する如何に注意深い、又理性に富める男であったかを、深く思わされる。久宮内内親王逝去さる。

三月九日 金 小雨後曇
宇都宮では、愈々南米行き決行との事である。兄と一家族の為に祈る。どうぞ彼を保護し又祝福し給えと。

三月十日 土 雨
失業者救済事業の従事人夫淘汰で、三百五十人馘首をつくることになっていたが、雨天の為に中止した。就業さす時は嬉しいが、解雇する時は辛い。気の毒である。失業と同時に飢えにせまる人達の事を考えると、誠に同情に堪えない。

三月十一日 日 晴
今日も又三度の説教をした。これに依って、神の聖旨が幾分でも伝わって居たら感謝である。

三月十二日 月 晴
失業救済事業使用の人夫三百五十名を愈々断った。気の毒であったが仕方がなかった。働くに職がなければ金が儲からず、金がなければ喰えず、喰わなければ餓死のほかはない。天の父はこの人達をどうして下さるかと心配でならぬ。
長船からおばが来た。おば上神は十年目位の久し振りである。当年六十歳と言えば、もう二度とは来神は出来まい。出来る限りの親切を尽くして置き度い。父とおばと二人が来客となったので、自分の何より好きな読書も皆目となった。

三月十三日 火 晴
自動車で阪神国道を経て大阪に往った。大阪逓信局へ神戸電話局供給人夫の件に就いての打合せの為であった。阪神国道を自動車で飛ばすだけで、随分愉快なものである。京橋労働紹介所へも立ち寄った。失業救済事業の様子を聞いたが、全く無意味な仕事をしている。何等の目的も理想もなくして、唯単に失業者が押しかけたから一時逃れの応急策をとったに過ぎない。今後、救済事業を行なう時は、是非とも申込者の失業または生計状態を本当に調査して、その上で真に失業の為に窮している人のみを就業させなければならぬ。

三月十四日 水 晴
頭痛の為、祈祷会欠席す。教会の集まりに参加せざるは、一ヵ年に一度か二度位である。それも不在の為か特に止むを得ざる事情あるときのみである。今晩の欠席もまた止むを得ない。

三月十五日 木 晴
毎日おばの話を聞くことが仕事である。自分の好きな読書は中止となった。然し、おばの物語を通じて、読書に依って得る以上に、何事かを得るのである。そうしてそれが無益でない。

三月十六日 金 晴
愈々春の気分が出て来た。もうすっかり陽光が変わった。太陽の暖かさを通して神の愛を味わい、草木の新芽を観ては新しい希望に輝き、小鳥の歌声を聞き又は蝶の舞うのを観ては、神を讃美することを覚えさしたいものである。人間の頑なな心も、春を通じて神の愛に帰って来る様にと祈らざるを得ない。

三月十七日 土 晴
おばを案内して、奈良に旅行した。天候がよかったのと、奈良が美しいのと、鹿の多いので、すっかり気に入り感謝に充ちた。此の老人を喜ばしめるために、最善を尽くそう。

三月十八日 日 晴
朝・夜、二回説教した。夜は、三十八名の出席であった。鶏舎の修繕をして全日を費やした。

三月十九日 月 晴
政友勝つか民政勝つか、二大政党の戦いばかりが新聞紙を賑わしている。どちらが天下を取るも差したる事はないであろう。我等の問題は、依然として良心であり神であり神の国である。此の世の者は此の世の事を、神のものは神の国の問題を問題とするが当然で、敢えて不思議ではないかも知れぬ。

三月二十日 火 晴
西宮の農民福音学校に往って、職業に関する事柄を話した。
人は誰でも職業を持たなければならぬ事、職業は社会より分担せられたる務めである。又其の職業は、個人個人に於いて得手と不得手とがあるから、得手の仕事を選ばなくてはならぬ。又人は自分単独で生活できないのであるから、職業を選ぶに当たっても、自分のみの利益を考えないで、世を益して人の為になる業を選択しなければならない。然して各自は、各自の職業を通して社会に貢献し得るのであるとの意を述べた。おばも父も、賀川先生を訪問して帰った。

三月二十一日 水 晴一時少し雨
高山兄(仮名)の恋愛問題で、近江の大溝まで兄と同行して、先方に出来る限りの交渉をしたが、娘を呉れるとは言わない。否、返って絶対に嫁にはやらぬと強く断られた。乗車九時間も中々疲れる。

三月二十二日 木 晴後曇
おばが帰国した。何十年目であったか知れないが、ブラブラと遊び半分の旅行をした。然し、健康を害しているので気の毒であるが、殆ど生涯を通じての犠牲の生活を続けたおばに対する報いには、未だ不足過ぎるけれども、おばは充分感謝している。ああ、おばは不幸な人だと思ったが、あれが本当の幸福なる人である。恵まれたる人である。貧乏と困難とを通して、父の御愛を悟り味わっている。

三月二十三日 金 晴
ロスアンゼルスの徳氏から、古着を十三箱送付したとの通知が来た。米国から日本に輸入する品は種々あるであろうが、古着を輸入したのは此の度が最初であろう。兎に角、御親切を謝さなくては済まぬ。集める世話から、荷造り・発送、中々の骨折りである。其の厚意と労とに対し大いに感謝する。かくして我々の奉仕を、遠く米国から我同胞が援助して呉れることにより、我等の精神は一層熱くなる。

三月二十四日 土 晴
愈々古着が到着した。何十人分かの人達を喜ばせ得る。若し金額にして相当な額に達するなら、子供の為に使用したいものである。

三月二十五日 日 曇
信仰に関して述べた。信ずる事は力であり生命である。信ぜは奇跡も行なわるる。荒野に水を湧かしめ、砂漠にマナを降らせ、大海にも大路を開かせ給う。主は葺合新川を、恵みに依って養う事は、易々たる事である。貧民が救われ、前科者が赦され、病人が医やされる事を信じよう。夜、賀川先生の説教があった。貪ることを止めない限り、社会問題は永遠に解決つかないとの意を述べられた。

三月二十六日 月 小雨
私は裸一貫で満足する。神の栄光を崇めさして頂く心を有つだけでも、大仕合せ者である。神の御愛を感ずるの感覚のあることが、私には有難くて仕方がない。例え今死ぬるとも、天然の業なる山と海とを知り、昼は太陽の光を、夜は月と星との輝きを、観せて貰っただけでも、私には大いなる感謝である。

三月二十七日 火 晴
宇都宮米一兄から南米ブラジルに行くと言う。私は兄に呈すべき言葉を知らない。

三月二十八日 水 晴
ローマ書十二章を説明して祈祷会を始めた。中村兄が大阪高等学校に十四番で入学した。イエス団は青年の団体である。将来主の為に、大いなる栄を顕すに足る者とならなければならない。

三月二十九日 木 晴
余りに多忙で、疲労しきって読書が出来なくなった。二三日静養するとよいと思うが、休日は得られない。休んで癒すのでなく、働いて働いて働き癒すのである。否、我のみが独り働くのではなくして、父が偕に在って働き給うが故に、我も又働くを得るのである。

三月三十日 金 曇小雨
失業救済事業に従事したる紹介所側の事務員と保険組合の係員一同が、平和楼に招待して、夕食の御馳走があった。其の席上で、木村社会課長は、武内君の度胸には敬服すると、又官庁より雇いに来たがやらなかった等と、豪い褒めて呉れた。自分は聞いて、独り不思議に思った。自分程、臆病な気の弱い者が、何うして人の目に強く見えるのかと。これは私ではないであろう。主エスが、我に勝って主が働き給うとき、当人の私は弱くとも、主に在って誰人よりも強くあるのであろう。

三月三十一日 土 晴
失業救済事業は、今日で愈々解散となった。西川工事のみは完了していないにも拘らず、工事中止とは如何にも奇異なことであるが、兎に角解散した。気の毒なのは労働者諸君である。彼等七百名の者は、明日から生活に苦しまなければならぬ。失業は実に彼等の死活問題である。彼等の為に祈る。

    *      *      *       *

 寸暇を用いて、この作業を継続する。この日録に武内勝の「個人性」「対人性」「社会性」の表白が見事に滲み出ている。では、次回へ。

    (2009年9月7日鳥飼記す。2014年3月6日補記)




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