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賀川豊彦の畏友・武内勝氏の所蔵資料より(70)

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  この2書簡は「歯ブラシ工場」設立時のもの? 

 賀川豊彦は1917(大正6)年5月に留学先から、一月遅れてハルは6月に横浜での学びから新川に戻る。留守中、武内らの経験した「独立イエス団」と呼ぶ、それは「生涯一番愉快な時であった」と武内が振り返るあの「共産生活」の実験に続いて、誰かに雇われて働くのではない「協同労働」の実験とでも呼べる新たな小さな試みの準備を、武内と賀川の発案で開始する。

 数ヶ月の準備のあと、武内と本多健太郎がまず大阪に出向いて「歯ブラシ工場」の仕事を見つけ、神戸でその仕事を始める目安をつけて、本格的に武内・本多のほか2名を加え、大阪での「見習研修」を重ねた。

 そして「イエス団」の近くの「日暮通6丁目」に「歯ブラシ工場」が開設されていくのは、同年11月の事である。

 ここで取り上げるふたつの書簡――ひとつは「トヨヒコ」から、ひとつは「春子」代筆――は、繰り返し読んで見るのであるが、いずれもその「歯ブラシ工場」の時の書簡のように思えるものだから、ペンディングのままこれまでここで取り上げるのを避けてきた。

 ところで、実はふたつの書簡とも「東京市本所区松倉町2丁目 本所基督教産業青年会 賀川豊彦」と印刷された封筒に入っていて、宛先も「神戸市加納町下ル東遊園地 神戸労働紹介所 武内勝 侍史」となっている。

 そして一つの封筒の消印は「13.8.29」(以下「封書A」と呼ぶ)であり、もう一つは年代は不明であるが「?.6.10」(以下「封書B」と呼ぶ)とある。もしこの封書にふたつの書簡が入っていたものであれば、神戸時代の「歯ブラシ工場」の時のものではないことになる。

 ただふたつの封筒共に、複数の書簡がいれられているのである。以下、そのことにも触れて、文面を取り出してみる。

    *       *       *       *

 「封書A」には、この「お宝発見」第19回に紹介したことのある<「馬の天国」と西川のおじさんの死>の1枚の書簡と「履歴書」1通も収められている。
 ともあれ、本文は以下のとおり。

武内宛書簡「武内さん」


  武内兄
  先達より祈って居た 工場の与へられたことは既におききのことと存じます。それで、
  工場を見に一寸一日帰って来て下さい。出来るだけ早く帰っていらっしゃい。
  そのついでに「株券」を記入する紙を大阪の「紙」屋で尋ねて帰って来て下さい。
  また、大阪の人々も愈々工場が出来ると、帰って頂く様にと言ひ伝へて下さい。

  ヴイルス氏は1万円の歯ブラシュを注文したそうです。愈々と云ふことになると、貿易
  商に渡さねばならぬが、どうぞ、大阪の市場のことをよく取り調べて下さい。                         
                             トヨヒコ


      *      *      *      *

 「封書B」には、以下の「春子」代筆分とは別に、「賀川原稿用紙」4枚に書かれた日付のない豊彦の武内宛書簡(次回70回目の「お宝発見」で紹介する予定)と、「イエスの友会」用箋3枚に「三月三十一日」付けとなっている豊彦の「代筆」(「春子」代筆ではない)書簡が入っている。

 予定外であるが、ここでこの「三月三十一日」付けの「封書B」の書簡の紹介を済ませておきたい。コメントは省略。

  武内勝様
  奥様のご病気は如何で御座いますか。私は又パンヌスが来まして十日ばかりねて了
  いました。この調子では又長びくやうで困ってゐいす。少しも無理が出来ぬので大
  弱りです。又十日位ねなければならぬと思ひます。
  神戸の経費が多く要り過ぎるので弱ってゐます。勿論只今では姉のためにも金がい
  るのですが、二月には七百二十二円いりました。姉にかかった百五十円を引いて五
  百七十円位かかってゐるやうですが、たとえば毎月水道料金十円いるようになって
  ゐますが、あれをもっと有効に使う方法がありませんでせうか。吾妻通り五丁目の
  水道栓を閉鎖して、他に汲みに行くやうにしたらいかがでせうか。木村義吉氏に話
  して、私の近所に水道の括栓を一つ作って貰って下さい。尚、かうすれば能率が上
  ると云ふことをあなたから私に教へて下さい。
    三月三十一日                   賀川豊彦(代)
 
  二伸 吾妻通五丁目を河瀬さんが借りに来たさうですが、あそことは財団法人の住
  所になってゐますので、道路でもつかねば動くことは出来ませぬからご承知下さい。
 

    *      *      *      *

 同封の和紙の1枚に記された9月18日付けの春子代筆分の文面は、以下のとおり。

昨日は武内様


  武内様
  昨日は失礼致しました。只今工場設立に用ゐました資本金六百円が出来ました。それで、
  そのことを御知らせ致します。
  序に申し上げますことは、どうぞ出来るだけ充分にその仕事に就いての熟練(2字二重丸)
  をなすって頂き度いので御座います。
  そのために教授して下さる西洋人二人も出来ました。
  機械も昨日御話の通り古いのが有りますればなるべく古いものを用ゐて頂き度う御座いま
  す。もし御座いませねば新しいのを御求め下さいませ。賀川は只今市長を訪問致しますた
  め外室致しました故、私が代筆致しました。
    九月十八日                            春子
 
 
      *       *       *       *

 以上、少しく込み入ったコメントになったが、今回のふたつの書簡は、神戸時代の「歯ブラシ工場」に関連するものではないかと看做しての紹介である。しかし上記のように、同じ封書に複数のものが混在していることからの、これは一応の判断に過ぎない。

 なお、武内らの「歯ブラシ工場」の準備とその工場運営、さらにその顛末の詳しい報告は、武内勝口述記録『賀川豊彦とそのボランティア』225頁~236頁、261頁~264頁までに記されている。(この作品は、ただ今「賀川豊彦献身100年記念事業」のひとつとして装いも新たに刊行準備が進んでおり、今月(2009年11月)末には新版『賀川豊彦とボランティア』の書名で、神戸新聞総合出版センターからお目見えする。

  (2009年11月6日鳥飼記す。2014年4月13日補記)




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