スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

KAGAWA GALAXY 吉田源治郎・幸の世界(11)

   第11回 「間所兼次」(幸の弟)と 購買組合共益社(1)

   顔写真間所

上の写真は「間所兼次」である。吉田幸の弟で、1901(明治34)年生まれ。「KAGAWA GALAXY」の中では、隠れた存在になっていたかも知れない。間所は、1919(大正8)年、賀川の提唱によって創設された購買組合共益社に入社し、専務理事など務め、1945(昭和20)年11月28日、45歳の若さで永眠している。

ところで、賀川は戦後復興に向けて精力的に奔走しながら、兼次の亡くなる10日前には、「日本協同組合同盟」の創立総会を開催して自ら会長に就く等して、日本の再建の道は、同志たちとこれまで試行錯誤を重ねて取り組んできた「協同組合運動の道」以外にはないのだという思いから、敗戦後早くから同労の仲間たちを再結集して、新たな展開を企図していたようである。

賀川の協同組合小説のひとつといわれるこの『小説・再建(さいこん)』は、戦後初めての纏まった著作で、大阪新聞社というところから刊行された168頁の小品である。
当然のことながら、大阪の「共益社」のことにも触れたれており、小説では「間所兼次」は「大谷兼次」の名前で登場する。そして「大谷兼次」の妻のことや「長男一郎」も登場してくる。

表紙再建

これは勿論小説であって、歴史的記述とは違うものであるが、今回の主題である「間所兼次と購買組合共益社」について考える最初の取っ掛かりとして、まず賀川がこの小説で描いた「大谷兼次」について触れている箇所の中から一部(29頁~33頁、146頁~153頁)を取り出して見たい。

「間所兼次」が亡くなって半年も経ない、昭和21年の春、一気に書き上げたと思われる本書は、『賀川豊彦全集』にも入っていないが、賀川が間所のことをどのように見ていたのかもよく判るので、今回はまず小説の一部を読んで置きたいと思う。

以前、古書店で『小説・再建』は手に入れて一読し、印象深かったのか「大谷兼次」のところに線を入れたりしているのであるが、その時は「大谷兼次」が「間所兼次」であることも、「購買組合共益社」に関する充分な理解も持ち合わせてはいなかった。

いまもその事情は五十歩百歩であるが、以下のように小説の一部を取り出して読むのも、私自身の学びのための整理作業ということでもあるので、お付き合い願いたい。

実際のところ、作品をこのような取り出し方をすることには疑問も残るが、あえて今回は「間所兼次」を想起して見たいがためのことであり、ご容赦下さい。

「間所兼次」には、3歳年下の明治37年7月20日生れの妻「志津」がおられ、3人のご子息が居られるようである。妻「志津」は「兼次」没後4年ほどして1950(昭和25)年1月9日、47歳で永眠している。

今回の「間所兼次と購買組合共益社」に関しては、あと1,2回続ける必要がありそうである。
   
   (2010年5月28日記す。鳥飼慶陽)(2014年6月17日補正)
 
苦闘の歴史1

苦闘の歴史2

苦闘の歴史3


岐路に立つ日本1

岐路に立つ日本2

岐路に立つ日本3

岐路に立つ日本4


スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

keiyousan

Author:keiyousan
このブログのほかに同時進行のブログもうまれ全体を検索できる「鳥飼慶陽著作ブログ公開リスト」http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+toritori/ も作ってみました。ひとり遊びデス。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。