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KAGAWA GALAXY 吉田源治郎・幸の世界(14)

       8人の写真
      左端石田友治 中央武藤山治 右端間所兼次(『賀川豊彦写真集』より)

    第14回「間所兼次」と購買組合共益社(4)
    横山春一・米沢和一郎両氏の論稿並びに小川敬子氏の手記より

前回まで3回にわたり吉田幸の弟「間所兼次」が、1919(大正8)年8月創立の「購買組合共益社」の当初から関わって健闘して来たことを取り上げた。

特に前回の吉田源治郎の「間所兼次と消費生活協同組合運動」なる玉稿が残されていたことを知り、全文紹介することが出来、大満足である。

源治郎は、明治学院時代に妹「なつゑ」を失い、彼女を偲んで書き遺した冊子『又逢ふ日迄』(第6回所収)を読んだが、妻の弟「兼次」を偲ぶこの論稿もまた、源治郎の手によって「兼次の生涯」が見事に活写されていると同時に、これらを私たちが今読めば、「源治郎の心」の刻まれた大切な文章であることが判ってくるように思われるのだ。

源治郎はこの文章の末尾に「自分は『協同組合を中心に、賀川氏をめぐる人々』の人々の一人として間所兼次の片影をここに素描したが、更に機をえて資料の集り次第『賀川豊彦と協同組合運動―資料(2)』として、近江湖北の朝日村に『兄弟愛意識にもとづく』農業協同組合を結成、その首長として、日夜組合を薫陶撫育しつつある農村牧師坂井良次の横顔=彼は日本農民福音学校在学中賀川氏によって協同組合を教えられた一人である=を記してみたいと考えている。」と書いていた。

『農民福音学校』(立農会、昭和52年)を見ると、坂井良次は第2回日本農民福音学校(昭和3年)を卒業していることが判るが、源治郎のこの論文は執筆されているのかどうか未確認である。

ところで思いがけず「間所兼次と購買組合共益社」が4回にも及んでしまったが、この事に関して余り研究も進んでいなかったのではないかと思われるので、いま手元にある資料をこの機会に資料としてだけでも取り出して置きたいので、最後に次の三つの記述を並べておきたい。 

  (2010年5月31日記す。鳥飼慶陽)(2014年6月20日補正)



  横山春一『賀川豊彦伝(増訂版)』(警醒社、昭和34年)  
      第5章「貧民窟時代」(2)6「消費組合を作る」

1横山文章



米沢和一郎「賀川豊彦の協同組合運動」(賀川豊彦記念・松沢資料館『雲の柱』7、1988年夏)
   1「社会運動下での協同組合」の3「購買組合共益社」

横山文章2

横山文章3



  小川敬子「北港児童会館についての思い出」    
    (小川氏は吉田源治郎・幸の長女。掲載先不詳)

小川文章1

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