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KAGAWA GALAXY 吉田源治郎・幸の世界(16)

        共益社二枚
             共益社雑貨部           共益社洋服裁縫部

    第16回 「間所兼次と共益社」お宝写真(2)

購買組合共益社が、神戸の購買組合よりほぼ半年ほど早く設立されたのは1920(大正9)年11月11日であった。その1年近く前から兼次は、豊彦の招きで新しい組合の設立準備に当たっていたことや、組合の創立当初から1931(昭和6)年6月段階までの、歴史の渦に巻き込まれて苦労多き組合運営に全力を注いだ経緯については、『大阪毎日』の連載記事などを通して、ほんの概略ではあるが、見て来たとおりである。

共益社設立の時は、賀川豊彦の小説『死線を越えて』が改造社より出版される時とほぼ重なっているが、1927(昭和2)年春、「共益社」とは別に新たに「消費組合協会」を設立し、「賀川服」をはじめ「ツラヌキ石鹸」「神の国石鹸」等、全国各地からの注文を受け、相当の利益を上げていたことなども、先の吉田源治郎の論文「間所兼次と消費生活協同組合運動」で知ることができた。

前回から紹介している「お宝写真」は、吉田摂氏の話によれば、間所氏ご自身の所蔵分に加え、ご家族が大切に保管されていたものである。日付や撮影場所が記されているものもあるが、多くは説明のない写真である。

冒頭に収めた写真の裏には「大正11年頃、靭にて」とあり、横に「1ヶ月百円は稼いでくれた洋服部コールテン服の誕生地」書かれている。

共益社精米
          精米部

四貫島支部
          「四貫島支部」 

十三支部
          「十三支部」   

事務所西区移転先の
        「西区川口署前に移転 家賃45円」         
 
上の写真説明には、「家賃45円」の後に「雨はもる 南京虫は襲撃するといった時代」と記される。

協同組合の真価を実らせるには、次々と直面する困難に耐えながら、単に雇われて働く労働者ではない新しい働き方の開拓への挑戦が不可欠であったはずである。その意味では、ここに残されている労働現場―精米部や雑貨部、洋服裁縫部など―の仕事ぶりが、このように写真で残されてることには、大きな意味があるように思われる。何といっても、これらの一人ひとりの働き手たちが、協同組合を代表する「顔」であるのだから。

二人精米所の
            精米所  

同時に、この開拓的な協同組合運動を担う仲間たち相互の慰安交流は、時を越えて楽しみの一つであったようである。
残されている写真は、1930(昭和5)年ごろのものであるが、これは労働現場の人々というより現場責任者のスタッフのようでもある。共益社の事業展開がいくらか落ち着きを見せていた時のものかもしれない。

次にその中の一部を収めてみよう。
               
記念旅行

この写真裏には「間所所有 昭和5年 秋期運動会」と記されている。
「運動会」と名付けられているが「親睦旅行」の感じである。場所は書かれていないが、ここは奈良であろうか。

旅行石山寺

上に写真には「共益社及消費組合協会 全従業員秋期運動会 石山寺にて」と記されている。30数名、中央の間所よりも若い男性の仲間たちが揃っているようである。
手旗がふたつ見えるが、いずれも「消費組合協会」のもので「カンヌキ」印がロゴマークになっている。

そういえば第12回の冒頭に収めた「購買組合共益社」の店舗写真を見ると、建物に大きく三角の中に「串」の印が写っているので、これは「共益社」のマークでもあったことが判る。

旅伊勢の

これは前の写真より少し参加者が減っている。ここは説明するまでもなく「伊勢・二見浦」で、間所の故郷である。前の写真とほぼ同年代であろう。各々違う帽子を被り洒落込んでいる。

かな旅写真玉島

上の写真には、「1931年4月19日 共益社運動会 一行中の7人 ?島にて」と記されている。「玉島」と読めなくもないがどうであろう。この「7人」は共益社・消費組合協会の幹部方であろうか。
 
今回の写真紹介はここまでにして、過日(2010年5月31日)一麦保育園に於いて吉田摂氏と梅村貞造にお会いして新しい関係資料をお預かりしたので、その前(5月21日)に賀川記念館での会議の折にお預かりしたものと合わせて、そのリストを掲げて置きたい。


 吉田・梅村両氏よりお預かりした図書資料リスト(続) 

第1回で2010年4月26日に両氏よりお預かりした図書・資料のリストを掲載した。それはこれらの「お宝」の返却のための控えとしてのものであるが、今後研究を進めていかれる方々のための下準備(基礎資料)として、ここに記載して参考に供するためでもある。今回は5月21日及び31日に預かったリストで、前回の続編となる。預かり分を吉田摂氏と梅村貞造氏と二つに分け、前回のリストにあわせて並べておく。

吉田摂氏より預かり分

吉田源治郎の著作
1 「肉眼に見える星の研究」 警醒社書店 大正13年改訂版 
     「改版の序」コピー
2 「宗教科学より見たる基督教」 警醒社書店 大正14年 
3 「児童説教」 日曜世界社 昭和2年版
  (本書に高崎能樹「幼児に聴かせる聖書のお話の取扱い方」草日社、昭和29年)が
挟まれている。
4 「心の成長と宗教教育の研究」 日曜世界社 昭和6年 部分コピー
5 「フレーベルとその宗教教育への貢献」 日曜世界社 昭和12年 部分コピー

吉田源治郎の論文
1 封筒資料(全国幼稚園連合会の封筒)
 生原稿「ナザレ会報」(兵庫栄養専門学校聖書研究部、1972年)
 サモネット「ペンテコステの周辺」「名の魅力」「なぜパラボレーを用いたか」
「静聴と話 し合い」 「パンとタイム」「キリスト一点張り」
「信仰のみー宗教改革記念日を迎えて」「雪原をさすろう夕べ」
新聞「文書伝道」(昭和40年10月15日)「読書のすすめ」
新聞「キリスト伝道新聞」(昭和41年10月1日)「”この最後の者“に奉仕する救済の手」
切り抜き「母性愛の配慮」「その余波は消えず」「われに来よと・・」「『ひけ目』がつけ目」
「見つけるまでは」
2 「ミスクックのころ―「石ヶ辻」時代のランバスをめぐるメモから」
(「聖和80年史」昭和36年)(コピー)

教会・幼稚園等記念誌
1 基督教保育連盟編「日本キリスト教保育八十年史」 基督教保育連盟 昭和41年
2 日本基督教団馬見労祷教会「創立五十年記念誌 恵みの旅路」 1999年
3 室町教会百年史編輯委員会「日本キリスト教団室町教会百年」 
   日本基督教団室町教会 2002年
4 原忠和「聖浄保育園六五周年記念誌」 聖浄保育園 2003年
5 日本基督教団河内長野教会創立100周年記念誌 「栄光神に在れ」(抄)2005年
6 大阪女学院創立125周年記念出版委員会
「ウヰルミナ物語―大阪女学院創立125周年記念誌」 2009年

関係著書
1 James Jeans 薮内清訳「宇宙の神秘」 恒星社 昭和14年版
2 賀川豊彦「小説・再建」 大阪新聞社 昭和21年
3 渡辺勇助編著「明治学院八十年史」 明治学院 昭和32年
4 田中芳三編「神は我が牧者」 イエスの友大阪支部 1960年
5 冨山光一「冨山光慶の生涯」 同刊行委員会 1990年
6 緑蔭書房編集部「『雲の柱』解題・総目録・索引」 緑陰書房 1990年
7 小川敬子「憩いのみぎわ」 1992年

写真類
1 間所兼次「ALBUM」と間所関連の写真多数
2 吉田源治郎・幸関連の写真多数

その他
1 CLEAR FILE 吉田幸関係の大正15年以来の写真をはじめ重要な関係資料が整理して
収められる
2 CLEAR BOOK 30 POCKETS 吉田幸関係の資料、一部写真も収められる
3 Clear Book 32 pockets 吉田幸関係の資料、写真も収められる
4 CARRY-ALL 20 吉田幸関係の写真コピーほか
5 SCRAP BOOK「日本基督教団今津二葉教会週報」1952年9月14日~1954年8月1日
6 封筒資料 (「ガーデン天使」封筒) 四貫島教会 戦前の記録
7 封筒資料 (小川敬子資料) 二葉教会 戦前の記録
8 三重県第四中学校校友会「校友」第9号 明治44年 (関連箇所コピー)
9 同上              第12号 大正元年 (関連箇所コピー)
10 同上             第13号 大正2年 (関連箇所コピー)
11 「雲の柱」第1号(大正11年)、第3号「イエスの友会」関係(コピー)
12 賀川豊彦「雲水遍路」関係箇所コピー(1926年)
13 「大阪毎日新聞」(昭和6年6月5日より4回連載「消費組合巡り」購買組合共益社)(コピー)
14 「大阪朝日新聞」(昭和8年2月18日)ラジオ放送番組(コピー)
15 「阪神電車」(昭和30年)「半世紀前の思い出」(コピー)
16 「日本キリスト教保育八十年史」(1966年)関係箇所(コピー)
17 苅田千栄子「吉田先生お別れの言葉」コピー(昭和59年)
18 「朝日新聞?」昭和60年11月9日(コピー)
19 「神戸新聞」昭和60年11月10日
20 「日本経済新聞」昭和61年7月1日(コピー)
21 「日本キリスト教保育百年史」(1986年)関係箇所(コピー)
22 大沢正善「宮沢賢治と吉田源治郎『肉眼に見える星の研究』」1989年
      (宮沢賢治絵葉書)
23 「西宮市史」第3巻、戦災関係箇所(コピー)
24 「阪神電鉄80年史」関係箇所(コピー)
25 「西宮の生い立ちてびき」(コピー)
26 浜川勝彦監修「伊勢志摩と近代文学」和泉書院、1999年(関係箇所コピー)
27 小林繁「吉田源治郎先生のこと」(2004年)(コピー)
28 「大正デモクラシーと東北学院-杉山元治郎と鈴木義男」2006年(関係箇所コピー)
29 岡本榮一「大阪におけるセツルメント運動とその現代性」
30 キリスト教関係の新聞の「教会の奥さん」インタビュー(コピー)
31 「阪神電鉄社史」関係箇所(コピー)
32 「賀川豊彦と一麦<年表>一麦発祥以前」
33 竹中正夫「ゆくてはるかに―神戸女子神学校物語」(教文館)関係箇所(コピー)
34 「賀川年譜」(コピー)
35 「日本キリスト教歴史大事典」関係箇所(コピー)
36 「NHK大阪放送局70年」(「こちらJOBK」)関係箇所(コピー)
37 藤谷敏雄・直木孝次郎「伊勢神宮」関係箇所(コピー)
38 地図「伊勢市」(コピー)
39 「戸籍」「履歴書」関係
  

梅村貞造氏より預かり分

吉田源治郎の著作
1 「肉眼天文学-星座とその伝説」恒星社版、昭和34年
2 「新約外典の話」(「聖書物語文庫」第24巻)昭陽堂書店、昭和3年
3 吉田源治郎の連載記事(29年1月13日~3月20日)
「新約外典ストーリー:テクラ信行記」8回連載

その他
1 高山悦「私の同和教育」 部落問題研究所 1969年
2 高山徳太の吉田源治郎先生の米寿祝い作品
「昨日も今日もいつ迄も変る事がない吉田先生」 1979年

梅村貞造氏より受贈分
1 埴生操編著「子供と自然を友として―一麦保育園創立45周年記念誌」 
一麦保育園 昭和52年
2 一麦保育園「一麦のあゆみ―一麦保育園創立50周年記念誌」 1982年
3 緑蔭書房編集部編「『雲の柱』解題・総目次・索引」 1990年
4 梅村貞造「賀川豊彦と一麦寮―賀川の愛した“武庫川のほとり”瓦木村での活動と、
その残したもの・・」(講演資料コピー)

     (2010年6月6日記す。鳥飼)(2014年6月22日補正)
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