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KAGAWA GALAXY 吉田源治郎・幸の世界(21)

星の本

     第21回 『肉眼に見える星の研究』(1)

このHPにアップを始めた2010年5月1日付けの冒頭、上に掲げた表紙スキャンと共に、次の言葉で書き出していた。
「吉田源治郎は、賀川豊彦と共に歩んだ協働者の特筆すべき人物の一人である。この『肉眼で見える星の研究』(警醒社書店、大正11年)が源治郎の著作であり、賀川がこれの出版を待ち望み、宮沢賢治がこれを読んで作品に活かしていたことなど、どれだけの人がいま、知っているであろうか。」と。

他の人はともかく、こんな書名を持つ本があることも、まして源治郎がこの作品を書き残していたことも、私は全く知ってもいなかったのである。そんな私がなぜ「吉田源治郎・幸の世界」に興味を抱き、この連載をスタートすることになったのか、なぜ初め「KAGAWA GALAXY 吉田源治郎・幸の世界」というタイトルを付け、書き始めたのかは、第1回目以下で記しておいた通りである。

まず私を引き付けたのは、先に記したようにあの宮沢賢治が、源治郎のこの本を読み、彼の作品に少なからぬ影響を与えていたらしい、ということであった。

大正11年の著作なので、入手は難しいと思っていたところ、嬉しいことに古書店でその初版本が見つかり、それを直接手にすることが出来たのである。

広告星の

上の広告は、「雲の柱」第9号(大正11年9月号)のものであるが、8月に初版が出て「版三忽」とあるので、よほど幅広い読者を獲得していたのであろうか。
 
これを見ると、本書は「四六版四百四十余頁 背布装箱入美本 星図其他四十七図 定価三円五十銭 送料十九銭」とある。古書で求めた初版本は、残念ながら「美本」とされる表紙は無く、箱も無いものであった。

箱の装丁や表紙カバー等は、実際どのようなものであったのか、今のところ判らないが、有難いことに、吉田摂氏が大正13年7月に出た「改版」をお持ちで、今回冒頭に収めた『肉眼に見える星の研究』は、その「改版」のカバーである。

大正13年と言えば、源治郎はまだ米国留学中であるが、「改版」には「1914年5月15日 ニューヨーク州アウボルン・セミナー図書館にて」と書かれた24頁にわたる「改版の序に代えて-米国天文台の印象」が入っている。 この「改版の序」に関しては、改めて取り上げて見たいと思っているが、改版の事情について言及した箇所だけを、ここでは引用して置く。

「昨年(1923年)9月の大震災で本書の旧版がスッカリ灰燼に帰したので、改版増訂を施し、茲に新装を以って、再び、天文同好者の机上を訪れることになった」(24頁)

上掲の広告の中に、10数行の言葉が収められている。是非これを一読頂きたくて、文字を大きくし、下にその箇所を取り出してみた。

星の広告の呼び込み文章

「雲の柱」の編集に当たっていた源治郎は、米国留学を目前に、恐らくこの9月号を準備したのではないかと思われるが、広告の中のこの言葉は、著者である吉田源治郎その人のものだと思われる。

      賀川ハル「私どもの日記」(大正10年11月24日)より

ところで、前に詳しく取り出した「雲の柱」創刊号(大正11年1月)に、賀川ハルが「私どもの日記」(大正10年11月24日)を寄稿している。

そこには、源治郎が「美しい空の星を見上げて、星とその伝説を説明」したことや「近くその研究を纏めて出版される」ことなどが記されているので、ここにそれを紹介して置く。(これは『賀川ハル史料集』第1巻297頁~298頁にも収録されている。)

賀川ハルの日記

      豊彦の「五軒長屋より」(「雲の柱」第8号)

賀川豊彦も「雲の柱」大正11年8月号の「五軒長屋より」で、「7月」の「身辺雑記」として、次のように記している。

「私の為に少なからず尽くして下さる吉田源治郎氏は、この度オウボルン神学校に入学するために8月23日春洋丸で渡米せられます。同氏は既に私の為に「聖書社会学」「イエスの宗教とその真理」「人間として見たる使徒パウロ」「イエスの人類愛の内容」等4冊の書物とパンフレット2冊を筆記して下したのであります。私は同氏の健康を祝し、一層イエスの為に御自愛を祈りたいのであります。兄弟達も同氏の為に祈らんことを望みます。近い中に同氏の「肉眼で見たる星の研究」と言う美しい本が出版されます。実に面白い本であります。」(『賀川豊彦全集』第24巻、13頁)

豊彦は、既に馴染みの警醒社書店より、源治郎の作品の出ることは勿論、企画から校正・出版直前の「美しい本」「面白い本」の仕上がり具合も知っている風である。

      初版本:扉から源治郎の「序」まで
 
さて、『肉眼に見る星の研究』初版本のはじめ、扉から、源治郎訳のカーライルの言葉、本書のために寄せられた由木康の「序詩」と津川圭一の曲、そして吉田源治郎の「序」(大正11年7月21日、伏見の寓居にて)までを、今回は取り出して見たい。

確かにこれは「KAGAWA GALAXY 吉田源治郎の世界」を髣髴させるものである。

初版の扉

星の歌序詞

序の1

序の2

序の3

序の4

序の5

序の6

源治郎が、京都「伏見の寓居にて」「大正11年7月21日」この「序」を書き上げ、ほぼひと月後(初版の発行日は「大正11年8月20日」であるので)、源治郎はその完成した著作を抱いて、賀川が記す通り「春洋丸で8月23日」、妻子等の見送りを受けながら、神戸港より米国に旅立ったということであろうか。

源治郎と幸の間にはこの時、長女・敬子と生れたばかりの長男・義亜がいたが、源治郎の留学の期間は、故郷の伊勢で暮らすことになる。この「伊勢の生活」については追って触れる積りであるが、今回はここまでにして置く。
   
   (2010年6月19日記す。鳥飼慶陽)(2014年6月28日補正)




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