スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

KAGAWA GALAXY 吉田源治郎・幸の世界(53)

53-1第一号

   第53回 四貫島セツルメントと吉田源治郎(12)
 
    武内勝所蔵の『雲の柱』創刊号

昨年「武内勝所蔵資料」の一部が神戸イエス団教会に預けられ、その中に不揃いではあるが『雲の柱』のバックナンバーがあった。未だ一度も原本を見たことのなかった「創刊号」を、過日「賀川ミュージアム」で見せて頂いた。

表紙も裏表紙も欠けているが、紐で綴じられ、武内の筆跡と思われる「雲の柱第一号」のペン字が書かれている。上のものがそれである。

奥付によれば、大正10年12月25日印刷納本され、大正11年1月1日発行である。

既によく知られているように警醒社書店の発行の月刊誌で、編輯部は「神戸市北本町6丁目220・賀川豊彦宅」に置かれ、編集担当の一人に吉田源治郎が当たっていた事などは、この連載の関連箇所で既述の通りであるが、広告など入れると創刊号は100頁を越えるものである。これには、有島武郎・吉野作造・森本厚吉らの月刊『文化生活』の広告も入る。

創刊号の巻頭論文「神に溶け行く心」は有名であるが、敢えてここに最初の頁を上げる。

53-2本1頁

初めて「創刊号」を読み進んでいると、本連載の第10回で賀川の『イエスの宗教と其の真理』の序となった「阿波吉野川のほとり」や、連載第21回に紹介した賀川春子の「私どもの日記」も創刊号を飾っている。「ほとり」も「日記」も源治郎に触れた重要な資料である。

そして吉田源治郎は編集の仕事だけでなく、この創刊号より「有名なホワイト著 The call of the Carpenterの自由訳、大工の応召」の連載を翻訳の許諾を得て開始している。
(源治郎によれば、本書は「大工イエスと其の宗教運動を感興深く殆ど小説的筆致を以て―然も飽く迄も歴史的に―描写せるものとして恐らく本書に勝るものはあるまいと思う」と記す)

吉田源治郎はこの後すぐ米国への留学に旅立ち、シュヴァイツァーの翻訳などに取り掛かるが、多分この翻訳は源治郎にとって最初のものではないかと思われる。

    「イエスの友会」のこと(「火の柱」第19号:昭和3年6月)

今回は「火の柱」第19号(昭和3年6月)に読み進む予定であるが、『雲の柱』創刊号に見とれて上記のような事になった。この連載は「イエスの友会」そのものについて辿ってきたわけではないが、四貫島セツルメントの活動は、この会の働きと殆ど一体のものであったことを知ることが出来た。

そしていま「火の柱」第18号の「編集後記」を見ると、創立から7年ほど経過した「イエスの友会」は「今や岐路に立っている様だ。敬虔派はあくまで信仰的に行こうとし、熱血派は既成教会の殻を破って、社会運動に合流しようとする、何れが是か、何れが非か。又、この両者は、遂に一点に相合うことの出来ぬ二つの並行線なりや否や。そこには多くの議論の余地が残されている。」といった事態もあるようである。

「四貫島セツルメント」という新たな拠点が動き始め、「イエスの友会本部」も「大阪市此花区四貫島大通3丁目7」に置き、改めてこの段階で「イエスの友会とは何ぞ!」と問い直して、新しい出発をする時が、この時だったのであろう。

   再び『雲の柱』創刊号より

ところで、大正10年10月5日に創立された「イエスの友会」に関する記録として、前記の『雲の柱』創刊号の巻末に、「イエスの友の消息」という創立の初心が寄せられた数人の文章があり、吉田源治郎による「編集を了へて」もあるので、先ずその両方ともここに入れて置く。

 53-3編集後記

53-4イエスの友

53-5編集後記つづき

53-6編しぃゅう後期のさらなるつづき

    昭和3年4月「イエスの友会大阪支部(「火の柱」19号)

53-7大阪支部便り

    昭和3年4月6月「火の柱」第19号 (「イエスの友会入会案内」)
 
ここには「イエスの友会とは何ぞ!」という見出しの見開きで、公式の「入会案内」が纏められている。
「沿革」「綱領」「主張」「組織」「事業」「会員」「本部」「支部」が記されている。

53-8イエスの友会とは

53-9イエスの友会とはの続き

53-10イエスの友会とはのさらなる続き

先の『雲の柱』創刊号にあるように、「イエスの友会」の最初の連絡先(本部)は、神戸のイエス団(賀川豊彦の自宅)であるが、関東大震災救援のため賀川の活動拠点が東京に移されて以後は東京に、そしてここに来て四貫島へと移動しているようである。

イエスの友会の全国大会及び修養会も、これまで御殿場東山荘が定番であったものが、昭和3年7月に開催予定の第6回は関西に移り「奈良県磯城郡多武峰村」での開催となっている。

次回はこの多武峰村での様子を見て置きたい。

    (2010年8月26日記す。鳥飼慶陽)(2014年8月1日補正)

 付録:木立義道「人民殿堂の建築―本所基督教産業青年会の近況」
   (「火の柱」第19号:昭和3年6月)

四貫島セツルメントの働きは、「神戸イエス団」と「本所イエス団」との連携のもとにあることは言うまでもない。丁度この時に、木立義道の「本所イエス団」に関する纏まった近況報告が寄稿されているので、原寸のまま次頁に付録として収めて置きたい。

53-11附録木立

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

keiyousan

Author:keiyousan
このブログのほかに同時進行のブログもうまれ全体を検索できる「鳥飼慶陽著作ブログ公開リスト」http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+toritori/ も作ってみました。ひとり遊びデス。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。