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KAGAWA GALAXY 吉田源治郎・幸の世界(57)

57-1写真はじめ
 四貫島セツルメントの夏期キャンプ(武庫川にて)

   第57回 四貫島セツルメントと吉田源治郎(15)

1930(昭和5年)も正月2日から3日間「第3回冬季福音学校」をもって歩み出している。下の写真は「火の柱」2月号のものであるが、今回も長谷川夫妻の牧する芦屋組合教会を会場に、吉田源治郎ほか河上丈太郎、中島重、竹中勝男、岩崎武夫、村島帰之、富田砕花、升崎外彦といった豪華な講師陣の修養会である。

57-2書き出しの記念写真

先ず『雲の柱』1月号に収まられている吉田源治郎のレポート「労働街伝道のニュース」を見て置く。

57-3書き出しの文章労働ニュース1

   『雲の柱』(昭和5年7月号) セツルメントの夏期キャンプ事業

57-4雲の柱5-7の夏季キャンプ文章

冒頭の武庫川に於けるセツルメントの夏期キャンプの写真は、この年のキャンプではなく数年後のものであるが、「武庫川のほとり」での「夏期林間学校」は、既に前年(昭和4年)の夏、「神戸イエス団」の活動として始められていたことは、昨年の「武内資料・お宝発見」の第78回と第79回で写真と共に紹介したことがあり、四貫島セツルメントに於いても、本格的な企画が整い、このような呼びかけで実施されていったようである。

追って取り上げる西宮の「一麦寮」が完成するのは昭和6年の暮れのようであるが、この「夏期キャンプ」はその前のことである。

    小川敬子「四貫島セツルメントの思い出」より

この四貫島セツルメントの「夏期キャンプ」に参加した経験を持つ小川敬子(源治郎の長女)のメモの中に「夏のキャンプ」という所があるので、ここに紹介して置く。

57-5小川文章1
          
   吉田源治郎の論文・聞き書きほか(昭和5年分の中から)

   『雲の柱』(昭和5年12月号) 

吉田論文「雲の柱」神の国1

57-9吉田論文の続き2

57-10吉田論文つづきその3

57-12吉田論文のつづきその4

57-14吉田論文の続きその5

57-15吉田論文の最後

   「東京風景・笑へぬナンセンス物語」(「火の柱」第38号)

57-16東京風景そのⅠ

57-17東京風景そのⅡ

    「三一年式の聖書読方法」(「火の柱」第39号)

57-1831年式の聖書

   吉田源治郎の「聞書:升崎外彦<漁村伝道のプロフイル>」

57-19漁村伝道のプロ

57-21農村伝道のつづき

前頁の武内勝の聞き書きは、昭和5年12月11日に四貫島セツルメントで書いたものであるが、今回最後に取り出した升崎外彦の聞き書きは、丁度1年前の昭和4年12月13日に源治郎が書いたもので、『雲の柱』の昭和5年2月号に掲載されていた。

57-23最後の写真増﨑と吉田

なお、上の写真はそれからほぼ40年後(昭和43年)のある会合での升崎(右)と吉田(左)である。

以上今回は、源治郎のレポートを並べて見た。

     (2010年9月1日記す。鳥飼慶陽)(2014年8月5日補正)

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