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KAGAWA GALAXY 吉田源治郎・幸の世界(63)

63-1訪問写真

   第63回 四貫島セツルメントと吉田源治郎(21)

前回の竹中正夫著『ゆくてはるかに―神戸女子神学校物語』の引用の中に「大朝社会事業団浜田光雄主事」の事があったが、今回は四貫島セツルメントと親密な交流のあった「朝日新聞社社会事業団公衆衛生訪問婦協会」と関連するところを、吉田源治郎の文章と共に取り出して置きたいと思う。

上の写真は、昭和5年8月に大阪市北区萬歳町43番地に開設された「訪問婦協会」である。
この「公衆衛生訪問婦協会」の開設に至る経過並びに活動の概要に関して記された資料―泉道夫篇『朝日新聞大阪厚生文化事業団五十五年のあゆみ 先駆』(同事業団、昭和59年)―があるので、先ずそれを見て置きたい。

 「四貫島セツルメント」が一歩先に活動を開始しているが、訪問婦協会の「第3周年事業報告」を見ると、この協会が「四貫島セツルメント」に出張を開始したのは「昭和7年10月」となっている(次に挙げる『先駆』の文章には「昭和8年」となっているが)。 

63-2保健婦文章1

63-3保健婦文章2

63-4保健婦文章3

63-5保健婦文章4

  吉田源治郎の寄稿論文ふたつ
    (『朝日新聞社社会事業団公衆衛生訪問婦協会事業報告』より)

63-6吉田論文1

63-7吉田論文2

63-8吉田論文3

63-9吉田論文4

63-10吉田論文5

63-11吉田論文6

63-12吉田論文7

63-13吉田論文8

吉田源治郎は、この論文を「保育学校研究の未定稿であって、ほんの序説にすぎない。多分大阪社会事業連盟の「社会事業研究」誌へ寄稿する筈」と記しているので、完成稿があるものと思われる。

  吉田源治郎作「キャンプの歌」 

63-14論文のあとの写真キャンプ

この協会主催のキャンプは昭和6年から開始され、戦後も「アサヒキャンプ事業」として名を馳せていたようであるが、上の写真は「事業報告」の中にある昭和8年頃のものである。吉田源治郎は、ここでも「うた」をつくって自らも楽しんでいたようで、「キャンプの歌」もそのひとつである。

63-15キャンプソング

最後に、「訪問婦協会第1班と出張所分布図」が「事業報告」にあるので、当時の大まかな地図と「四貫島セツルメント」と「訪問婦協会」の位置関係が分かるので、ここに入れて置く。これには勿論「淀川善隣館」も「愛染園」もある。

63-16最後の地図

なお、前回触れた竹内愛二の「神戸女子神学校教授」の肩書きで寄稿している論文「訪問婦事業に於けるケース・ウオークの役割」が「事業報告」にあるが、今回も長くなってしまったので、ここまでとする。

   (2010年9月9日記す。鳥飼慶陽)(2014年8月11日補正)

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