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KAGAWA GALAXY 吉田源治郎・幸の世界(84)

84-1卒園式

   第84回 一麦保育園と吉田源治郎(2)

梅村貞造氏によれば、上の写真は、一麦保育園の昭和16年頃の卒園式で、吉田源治郎の左は埴生操、右は久保田清子、右端は武内雪である。

昨年(2009年)の「武内勝所蔵のお宝発見」連載の折り、「武内勝アルバム」に残されていた写真のうち、一麦関係のものと思われるものに、梅村氏に説明書きをして頂いていた。

ここでは先ずその中の、戦前期の数枚を取り出して見たい。それに加えて、今回の連載途中に神戸の「賀川ミュージアム」に寄贈されていた「間所兼次所蔵アルバム」(間所兼次は連載で詳しく取り上げてきたように吉田幸の弟で共益社並びに四貫島セツルメントで活躍した)の中にあった一麦寮に於ける、珍しい写真を1枚、ここに収めて置く。

そして今回の最後として、一麦保育園の保育実践の特徴を、それぞれの視点から暖かく捉えていると思われる文章が『45周年記念誌』の中に残されているので、埴生操の文章と共に、それらをご覧いただこうと思う。

  保育園の園児たち 年度不祥 隣の神社にて

84-2神社卒園式

  年度不祥 昭和15年3月の卒園式? 

84-3卒園式15年

  (参考)昭和9年~10年頃の「葺合新川」の子供たちの一麦に於ける林間学校  神社の境内で

84-4神社の境内で

 (参考)一麦寮に於ける「共益社・灘・神戸消費組合の家庭会懇談会」
        
84-5共益社家庭会

埴生操『45周年記念誌』より抜粋

84-6記念誌文章1

   南野武衛「一麦保育園」

南野武衛といえば、連載第82回冒頭の写真(空襲による無残な西宮市街地の姿)を収めた時のあの御方である。『45周年記念誌』に同氏の著書『西宮文学散歩』(のじぎく文庫、昭和44年)より標記の作品が収められていたので、大変面白い貴重な作品なので、全文ここに収めさせて頂く。

84-7南野1

84-8南野2

84-9南野3

84-10南野4

84-11南野5

84-12南野6

この項の最後に、『45周年記念誌』に収められた次のふたつの文章――読売新聞掲載記事「30年・戦後の軌跡」(昭和50年8月23日)と日本振興協会「日本の伝統」1977年発行の球磨川淡執筆――も収めて置きたい。

84-13文章1

84-14文章2

84-15文章3

84-16文章4

84-17文章5

なお、一麦保育園に於ける埴生操らの豊かな保育実践に関する研究は、「賀川豊彦の自然教育論」との関連で、既に多くの先行研究が存在することは、よく知られている。

身近なところでは、一麦保育園の関係者からの聞き取りなど地道な基礎資料に当たって研究を続ける栗原直子の諸論文――例えば「賀川豊彦の自然観とキリスト教保育」「賀川豊彦の自然教育理解とそのキリスト教保育への影響」など参考になる。

次回から漸く「戦後の吉田源治郎と幸の世界」に進んでいくが、さてどういうことが見えて来るのであろうか。
      
    (2010年9月28日記す。鳥飼慶陽) (2014年9月1日補正)       




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