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KAGAWA GALAXY 吉田源治郎・幸の世界(87)

87-1教会写真
 西宮一麦教会創立20周年記念礼拝(昭和42年3月19日)

   第87回 西宮一麦教会と馬見労祷教会の設立

 「西宮一麦教会年表」の「1947(昭和22)年」の項には、1月2日~4日 イエスの友修養会開催(講師・賀川豊彦、山本一清、竹内愛二ほか) 1月5日 賀川豊彦先生、聖日礼拝説教 2月12日 日本基督教団より第1種教会として設立承認 3月12日 西宮一麦教会 創立 礼拝は一麦寮2階(畳敷部屋)で守られた(教会員数22名)」と記されている。

吉田源治郎は、1925(大正14)年の四貫島セツルメント創設の傍ら、1927(昭和2)年に始まった日本農民福音学校の教務主任を兼務し、さらに1932(昭和7)年創立の一麦保育園に於いては主事を務めて来ていたことは、周知の事であるが、昭和20年の空襲を経て、四貫島友隣館長と大阪四貫島教会を辞しており、一家で一麦寮へ避難生活を継続する中での、西宮一麦教会の設立と初代牧師としての就任であった。

加えて4月8日には、奈良県北葛城郡広陵町の馬見労祷教会が日本基督教団より第2種教会として設立承認され、吉田源治郎はこの教会も兼任牧師を引き受けるのである。源治郎にとって、馬見は農繁期託児所・馬見労祷保育園時代から、既に深い関わりを積み重ねてきた場所であった。

今回冒頭の写真は、昭和42年3月19日の西宮一麦教会の創立20周年記念のものであるが、20年も飛び越えていま、この写真を挙げることには理由がある。

それは今回、吉田源治郎がこの記念礼拝で行った説教「前進する教会」をすべて収めて置きたいと考えたからである。
この説教は1998(平成10)年の創立50年記念誌『五十年の歩み』にテープ起こしされ、そこで初めて収録された、重要なドキュメントである。

吉田源治郎の説教は、残念ながら数えるほどしか残されてはいないが、梅村貞造氏が昭和42年のこの説教を記録・保存され、自らの手で30年後に公刊されたその意義は、真に大きなものがあると思う。 

87-2説教1

87-3説教2

87-4説教3

87-5説教4

87-6説教5

87-7説教6

87-8説教7

87-9説教8

87-10説教9

87-11説教10

87-12説教11

87-13説教12

87-14説教13

87-15説教14

本連載の第1回に記したように、吉田源治郎への積極的関心を持ち合わせていなかった時、初めてこの説教を読み、この先達の事は学んでみようと、秘かに心に決めた大切な作品であった。

いま第87回目までを綴り続けてこれを再読し、益々その思いを強くさせられた。

今回は、これ一本で終わりとし、次回から1948(昭和23)年以降に進んで行く。
一歩一歩である。

     (2010年10月2日記す。鳥飼慶陽)(2014年9月4日補正)

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