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KAGAWA GALAXY 吉田源治郎・幸の世界(93)

93-1子供写真
隣の原っぱをお借りして楽しいお遊び! 三度豆、サツマイモも作りました

   第93回 今津二葉教会と幼稚園の再開の事など(3)

再開された今津二葉幼稚園も吉田幸が園長、源治郎は幼稚園の牧師としてスタートした。
先ず、当時の事を『幼稚園八十年史』から拾い出して見る。この『八十年史』は創立80周年を記念し2003年に作られている。上の写真もそこに収められているものである。

93ー2幼稚園史1

93-3つづき2

93-4つづき3

93-5つづき4

園長による朝の目診の時 朝の挨拶と通園ノートに押印 寸言を交わす  

93-6園長と子供写真

   吉田源治郎「私の体験社会学」(「火の柱」昭和25年11月号:「サモネット」)

93-7吉田サモネット

  昭和25年10月1日の「献堂式」に於ける今津二葉教会復興会堂建築委員代表 庄ノ昌一による      
  今津二葉教会建設経過報告


93-8今津経過報告1

93-9つづく2

93-10つづき3

93-11つづき4

93-12つづき5

93-13つづき6

今津二葉教会が再開されてからの吉田源治郎の日曜日は、先ず8時半から今津二葉教会での礼拝が始まり、すぐ西宮一麦教会に移動し10時半からの礼拝が始まる。午後は奈良に向い、夜の馬見労祷教会の礼拝がある。そして翌日にも榛原伝道所へ・・・。
更には但馬日高伝道所や三方伝道所などに出向くという生活が続いていくのである。

若き日であればともかくもと思われるが、吉田源治郎はいつも喜々として、その生活を苦にもせず、飄々と日曜日も週日も、楽しんでおられたふしがある。

      (2010年10月9日記す。鳥飼慶陽)(2014年9月10日補正)
 
付記
前回に取り上げた昭和25年10月1日の今津二葉教会の献堂式のことであるが、あの時の式次第を見ると、賀川梅子が奏楽を担当し、関西学院グリークラブが合唱を行っている。

その前の年(昭和24年)神戸イエス団が再建された時も、「賀川梅子嬢の奏楽に引き続き関西学院のグリークラブの合唱」があったことも紹介済みであるが、関西学院神学部の学生だった「梅子嬢」は、一麦寮から神学部へ通っていたのかも知れない。

そしてグリークラブの一員でもあった吉田摂氏は、一麦寮での避難生活が続いていた関西学院の学生で、神戸イエス団に於いても、今津二葉教会に於いても、グリークラブの合唱に加わっていた。

過日お聞きした吉田摂氏の話では、その頃の一麦寮の周辺は静寂そのもので、グリークラブの練習場としては最適な場所だったそうである。

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