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KAGAWA GALAXY 吉田源治郎・幸の世界(96)

96-1写真
   昭和27年頃の吉田幸(今津二葉幼稚園)

   第96回 昭和27年の吉田源治郎と幸

96-2吉田と子供写真


上は吉田幸、右は源治郎。今津二葉幼稚園での円熟期の御両人の姿である。

ところで前回は「大和榛原伝道所と吉田源治郎」を取り出して見たが、いま昭和27年の「火の柱」を捲っていると、5月号に「高山右近受洗の村に聖書研究グループ結成」という一文が載っていたので、先ずこれを取り出して置きたい。

   「火の柱」昭和27年5月号より

96-3火の柱5月号1

96-4つづき2

昭和27年の正月も、下記のように「冬期福音学校」で歩み出している。  

96-5福音学校27年

   「火の柱」昭和27年6月号より

96-6火の柱6月サモネット

 昭和27年7月 関西夏期聖修会(比叡山根本中堂前宿院)

96-7関西集会27年

96-8つづき2

   吉田源治郎の報告(「火の柱」昭和27年9月号)

96-9火の柱9月吉田報告1

96-10つづき2

この聖修会に於いて語られた吉田源治郎の講演「伝道40年物語」は、記録としてどこかに残されている可能性もあるが、未確認である。
  
既に紹介した『農民福音学校』(昭和52年、立農会)の「年譜」では、昭和27年8月は「第4回」となり、下記の「第6回」とは符合しないが、吉田源治郎はこの時も豊島に出向き「イエス伝、天文学、デンマーク農業」を講じている。

96-11豊島女子案内

96-12豊島写真
    豊島女子農民福音学校:昭和28年(『農民福音学校』より)

 感謝状を贈る(1957年10月23日)

96-13スイス感謝状

   「今津二葉教会週報」

   昭和27年9月21日

96-14今津週報1

昭和27年10月26日

96-15週報27年10月

上は、昭和27年11月30日の週報の一部分で、この日は「農村伝道週間礼拝」を行っている。当時深く関わって来ていた諸教会の事が挙げられている。

下の「週報」は上が欠けていて正確には判らないが、吉田源治郎はこの時、「兵庫教区農村伝道部長」に就いており、恐らくこの活版印刷の「週報」は、日本基督教団兵庫教区農村伝道部として作成されたものであろう。

96-16週報27年11月30日

96-17ミレー絵入り週報

 「週報」の上には、数字が切れているが「1952-11・23日―30日」と見える。
 「標語」も「子どもの描いたミレーの晩鐘」も、そして下の3項目も、源治郎の選んだ絵と言葉だと思われる。

96-18青年大会写真入り週報

この「週報」の横には次頁の写真と文字がある。この時すでに「日本基督教団農村伝道関西地区センター:関西農村教化研究所」が兵庫県の飯盛野に開設され、そこでの「関西農村基督者青年大会」の写真と当時の「兵庫教区農村地方教会及伝道者」並びに「伝道施設」のリストが挙げられている。

なお、吉田幸の「履歴書」を見ると、昭和27年のところに多くの項目が並んでいるので、それをここに並べて置く。幸にとってこの年は、節目の年であったようである。

4月30日 西宮市私立幼稚園連合会が設立され理事長に就任(昭和43年4月30日まで)
5月 1日 日本私立幼稚園連合会理事に就任(昭和43年4月30日まで)
5月30日 キリスト教保育連盟関西部会副会長(昭和43年4月30日まで)
10月25日 関西保育連合会より教育功労者の表彰を受ける
      
最後に、昭和27年3月の今津二葉幼稚園の卒園写真を収める。

96-19卒園式

1952(昭和27)年には、吉田源治郎の著作『勇ましい士師達』(新教出版社)が出版されているので、次回はそれを読んで置きたい。
     
       (2010年10月14日記す。鳥飼慶陽)(2014年9月13日補正)

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