スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

KAGAWA GALAXY 吉田源治郎・幸の世界(101)

1-写真
    何時何処で撮影された写真であろう?

   第101回 昭和33年の吉田源治郎と幸

上の写真には、最晩年と思われる賀川豊彦と吉田源治郎の姿がある。何時何処で撮影されたのかは、見る人が見れば直ぐ判る事であるが、今の私には判らない。

賀川豊彦は昭和34年1月2日から4日までの恒例の冬期福音学校で講演を行っているが、この時が一麦保育園に滞在した最後と言われている。この福音学校を終え、約束していた兵庫県校長会での講演を済ませ、1月6日の夕方神戸から、体調の不良を押して「故郷の四国伝道」に向かい、途中で高松の病院に緊急入院という事態を迎えるのであるが、上の写真には、その時「賀川の最後の旅」に同行した白倉正雄の姿がある。従ってこの写真は、今回取り上げる昭和33年か、それより少し前のものと思われる。

先ず、昭和33年正月の一麦保育園に於ける「関西冬期福音学校」の参加を呼びかける案内を入れて置く。

2-イエスの友案内

   イエスの友自然研究会主催「自然観察保育セミナー」 

吉田源治郎は埴生らと共にこの分野の開拓的な研究にも余念がない。

3-自然観察案内

  関西聖修会・全国大会(宝塚阪急旅行会館)

4-つづいてイエスの友案内

5-全国大会写真

   吉田源治郎「わが恵汝に足れり」 「キリスト新聞」昭和33年2月~3月に連載。

(日本基督教団吐田郷教会『神の愛に生かされて―米田純三牧師召天記念文集』1995年所収分より。
次の写真は、米田純三牧師)

6-米田牧師写真

7-吉田文章1

8-吉田文章2

9-吉田文章3

10-吉田文章4

11-吉田文章5

13-吉田文章7

  昭和33年3月 今津二葉幼稚園の卒園児たちと共に 

14-つづいて昭和32年卒園式

今回はここまでで閉じる積もりであったが、先の吉田源治郎の作品が収められている吐田郷教会の米田牧師記念文集『神の愛に生かされて』には、源治郎が深く関わって来た馬見労祷教会の二人の方―(吉田惣市郎・小須田ヤエ)と「奈良伝道会」に触れた方(村山盛忠)の文章があり、米田純三と吉田源治郎(この記念文集が編まれた時は、吉田源治郎も「故人」として記されている)を想起させる貴重なもので、ここに収めさせて頂く。

15-米田関係文章1

16-文章2

17-文章3

18-文章4

此処には3人の方の文章だけを取り出したが、米田純三牧師を記念するこの記念文集は、前記の通り1995年に纏められた240頁にわたるもので、米田牧師の説教・随筆・日記をはじめ、生前内外で報じられた数多くの「米田先生の記録」と共に、120人以上の人々の「思い出」が綴られている。

次回は、先の村山盛忠牧師の文章に触れられている「ラクーア伝道と吉田源治郎」の事を、少し取り出して置きたいと思う。
      
       (2010年10月20日記す。鳥飼慶陽)(2014年9月18日補正)


スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

keiyousan

Author:keiyousan
このブログのほかに同時進行のブログもうまれ全体を検索できる「鳥飼慶陽著作ブログ公開リスト」http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+toritori/ も作ってみました。ひとり遊びデス。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。