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KAGAWA GALAXY 吉田源治郎・幸の世界(107)

1-写真

   第107回 昭和40年~41年の吉田源治郎と幸

昭和40(1965)年も1月2日の一麦保育園・西宮一麦教会に於ける「関西新春聖集会」でスタートしている。
上の写真は、6月7日、平安女学院で開かれた「朝祷会全国大会」の集合写真で、吉田源治郎の姿も一番前の列に見られる。この「朝祷会全国大会」は既に第4回であるが、この組織がどのような経緯で誕生し、全国的な運動として広がりを見せてきたのか、今の私にはよく判らない。

聞くところによれば、「大阪朝祷会」をはじめたメンバーの一人が吉田源治郎ではないかと言われるが、現在も熱心に途切れることなく、大切な信徒運動として大阪でも神戸でも全国各地で「朝祷会運動」は継続されている。

戦前、大阪四貫島教会の青年たちが機関誌『流域』を発行して来た事は既に紹介済みであるが、戦後しばらくの間これが中断していたのを、小川秀一によって「四貫島友隣館創立30周年」を迎えた昭和29年10月より『流域』の再刊が開始されていた。

2-流域40年

上に挙げた『流域』はその第133号で、昭和40年10月1日発行の「四貫島友隣館・同教会・天使保育園創設40年記念号」の1面である。

3-夫妻の写真

上の写真は、鮮明ではないが同紙2面に掲載の吉田夫妻である。何処で撮られたものであろう。
この特別号には「目次」にあるように2面以下に「吉田源治郎先生のころ」「四貫島の思い出」が綴られていて、それらは既に本連載の該当箇所で、それぞれ取り出しているので、今回は再録しない。

ここでは「創設40周年」を迎えた昭和40年4月の「記念行事」のところを、『四貫島セツルメント:五十年のあゆみ』から取り出して置く。

4-創設50年の歩み

5-つづき

  吉田源治郎「読書のすすめ」「文書伝道」第59号昭和40年10月15日

6-読書のつつめ

7-つづき

8-つづき

  吉田源治郎『GUEST BOOK』ほか

9-GEST BOOK

ここまで記した後、10月25日午後、一麦保育園に於いて、久しぶりに梅村貞造・吉田摂両氏にお会いする機会があった。この前「ラクーア伝道と吉田源治郎」を取り上げた折、兵庫県下を巡回する通訳者として源治郎の面接を受けた一人・松村時男氏も其の場に見えており、当時同志社大学経済学部の学生だった松村氏にとって、夏休みのひと月余りの、2度の夏を過ごした「ラクーア体験」は、半世紀も経た今も、ご自身の英語力の上達と卒業後の仕事の上で活かされて、その後の人生を貫く大切なものを授かったことを、熱く語られていた。

大事に保存しておられる当時の沢山の写真など持参され、梅村氏も、青春時代の個人的なアルバムの中の「阪神地区各教会連合」による「ラクーア音楽伝道西宮集会」(昭和31年月)の写真など披露され、お3人の語らいを聞かせて頂いた。

松村氏は同志社の、吉田氏は関学のグリークラブで、そして梅村氏は京都大学の合唱団に属して、それぞれ現在もその分野でも活躍されているようで、お話も尽きないものであった。
 
ところで、今回も新たに幾つかの新たな資料をお預かりした。上の『GUEST BOOK』と表書きのあるものは、吉田源治郎のもので、1964年から1967年頃までが記されている。これはもう1冊、賀川が亡くなった後の頃のものが残されている。

また今回ビデオ7本とDVD1つ――昭和55年3月の幼稚園卒園式に於ける吉田幸の映像、西宮市私立幼稚園連合会関連のものなど――もお預かりした。吉田源治郎の音声の録音記録はあるようであるが、映像は今のところ残されていないが、吉田幸の場合は、それが残されている。

そして今回、梅村氏から前記個人アルバムと『イエスの友会80周年小史―年譜』(2001年)をお預かりした。これによって昭和35年以降の主な流れは確認できるのではないかと思われる。

 吉田源治郎:米国・カナダ伝道旅行: 昭和40年12月30日~昭和41年2月10日

西宮一麦教会『五十年の歩み』にある「年表」には、標記の事項があげられ、「昭和41年3月6日 帰国歓迎会」(39名)と記されている。この2ヶ月近い伝道・視察旅行のレポートは色々と、どこかに残されているかも知れない。

連載の冒頭に紹介した岡本栄一の「年表」で昭和41年の欄には、「源治郎(75歳)、アメリカのカリフォルニア、ハワイの約20の教会を歴訪し伝道する」と書かれている。

ここには、残されていた小さな写真4枚を拡大して収めて置く。

10-アメリカ訪問写真

11-パロマ展望台

12-天文台吉田

13-おなじく

上の写真は、パロマ天文台。吉田源治郎は、米国留学の時、パロマ天文台へ一度訪れているので、これは2度目の訪問である。

昭和41年1月3日~4日、大阪クリスチャンセンターに於いて「新春聖修会」が開催されているが、吉田源治郎は上記の通り、外国旅行中である。この年の「新春聖修会」では、長谷川保・竹中正夫・有賀鉄太郎・川瀬勇らが講師を務めている。

 吉田源治郎「この“この最後の者”に奉仕する救済の手」「キリスト伝道新聞」昭和41年10月号

これは、先の「北米・加州伝道旅行」のレポートのひとつである。

14-米国レポート

15-つづき

16-卒園式
  昭和41年3月 甲子園二葉幼稚園卒園児たちと共に

昭和41年は、吉田源治郎が賀川と共に歩んで来た神戸イエス団の武内勝(昨年本サイトで連載)が3月30日に急逝している。
        
     (2010年10月28日記す。鳥飼慶陽)(2014年9月27日補正)

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