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KAGAWA GALAXY 吉田源治郎・幸の世界(126)

1-写真
吉田源治郎牧師の納骨式を執り行う森彬牧師・隣は吉田幸(昭和59年9月30日)

   第126回 昭和58~59年の吉田源治郎と幸(4)

上の写真は、『西宮一麦教会・四十年の歩み』(1988年)に収められているもので、兵庫県三田市福島767、城ケ丘霊園内に設けられている西宮一麦教会の墓地における昭和59(1984)年9月30日の納骨式である。

さて前回まで、甲子園二葉教会に於ける吉田源治郎牧師の告別式の説教と弔辞などを掲載してきたが、その後2月12日には、一麦保育園本館に於いて西宮一麦教会による追悼会が開かれている。

この追悼会には70名ほどの人々が参列しているが、予告の通り今回は、その時に用意された西宮一麦教会発行の『追悼―吉田源治郎先生(1891.10.2~1984.1.8)』を収めて置きたい。

2-追悼表紙

3-文章1

4-文章2

5-文章3

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9-文章7

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お読みいただいた通り、ここには昭和35(1960)年11月13日より翌年1月15日までの吉田源治郎牧師の説教9篇のうち2篇が「ありし日の説教」として収められた。これらは森彬牧師の手で纏められたもので、9篇全部を収めた冊子があるのかも知れない。

また、森彬牧師のこの「伝道の長距離ランナー」は、甲子園二葉教会に於ける告別式での森牧師による「故人略歴」に新たに手を入れ、この『追悼』に掲載されたものである。末尾の「付記」に記されているように、これを縮小して「キリスト新聞」にも寄稿されたようである。

さらにこの「付記」によれば、告別式で説教を行った吉野丈夫牧師が、『クリスチャン・グラフ』の同年3月号で「あゝ、勇士は倒れたり」と題して、吉田源治郎牧師の追悼文を寄稿している事が挙げられている。

尚、『追悼』に収められた2篇の説教と森彬牧師のこの文章は、先に挙げた『西宮一麦教会・四十年の歩み』(1988年)にも全文が収められている。

4回に亘ったこの「昭和58年~59年の吉田源治郎と幸」の項の最後に、甲子園二葉幼稚園の卒園児たちと共に写る吉田幸の姿を2年度分、ご覧いただく。ここには、吉田源治郎の姿はない。

18-写真
 昭和58(1983)年3月 甲子園二葉幼稚園の卒園児たちと共に

19-写真
昭和59(1984)年3月 甲子園二葉幼稚園の卒園児たちと共に

92歳の天寿を全うした吉田源治郎の妻・吉田幸は翌年(昭和60年)には「米寿」を迎える。次回はその「米寿祝賀の謝恩会」のことなど取り上げて見たい。
     
      (2010年11月13日記す。鳥飼慶陽)(2014年10月20日補正)




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