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KAGAWA GALAXY 吉田源治郎・幸の世界(133)

1-寄せ書き

   第133回 昭和60~平成3年の吉田幸(7)

平成3(1991)年11月21日、吉田幸先生は94年の生涯を歩み、天に召された。
上の美しい絵とこと ばは、22日に執り行われたお別れのときの、幼稚園の卒園生代表・勝部寛二氏(代筆・遠藤浩氏)と和子氏のものである。再び次に、文字のところを少し拡大して収めてみた。

2-同じ寄せ書き

ところで、いま手元には、「1991.11.29」と日付けのある1通の封筒が残されている。それには、同じ阪神地域にあって吉田夫妻とは深い交流を持っておられた甲東教会の芹野俊郎牧師の、吉田摂・洋子氏宛の書簡と告別式に於ける「弔辞」が収められていた。ここではその芹野牧師の書簡と「弔辞」をそのまま収めさせて頂く。

3-手紙1

4-弔辞1

5-弔辞2

6-弔辞3

7-弔辞4

8-弔辞5

そしてもう一人、平成3(1991)年11月20日の「弔電」―「ママさんおあいしたかった。ざんねんです。やすらかにしゅのみそばにいらしてください。」―を送られた「入山花子氏が、11月22日付けで吉田摂・洋子夫妻宛に送られた封書が残されている。改めてここにこの「ママ様への手紙」を収めさせて頂く。

9-手紙1

10-手紙2

11-手紙3

12-手紙4

13-手紙5

ここまで「昭和60年~平成3年の吉田幸」として7回にわたって辿り、今回その最後に「吉田幸先生とのお別れ」の時に至った。最期となった吉田幸先生のご養生の様子や、11月20日の葬儀の事など他にも多く残されている筈であるが、今回ご紹介させていただいたこの三つだけを紹介できただけで、祝福に包まれた「吉田幸先生とのお別れ」の場に、共に居合わせて貰っている思いがする。
 
さて、お二人の御生涯を、その誕生からこの時まで「吉田源治郎・幸の世界」を学び続けたこの連載も、愈々終わりに近づく事になった。次回は、お二人の没後のことに少し触れながら、この連載の「最終回」として置こうと思う。そしてその後に「補遺」として、連載の途中でお預かりした新たな資料や未掲載の資料、そして「吉田源治郎と吉田幸」を取り上げた文章などを数回に分けて収めて、連載の締め括りとしたい。
     
     (2010年11月21日記す。鳥飼慶陽)(2014年10月31日補正)
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