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KAGAWA GALAXY 吉田源治郎・幸の世界(145)

   第145回 「吉田源治郎・吉田幸の世界」補遺(11)

前回の最後には「補遺」の続きに、先日吉田摂氏よりお預かりした資料を2回に分けて掲載する予告をしていたが、前々回と前回とで『高山徳太詩集:花のように』を紹介したことに関連し、本日(2010年12月2日)一麦保育園顧問・梅村貞造氏より、「高山徳太兄を送る」という新たな文章をFAXでお受けした。
 
この文章は、2007年11月22日に書かれた高山徳太氏の追悼文で、西宮一麦教会の機関誌『いちばく』に収録されているものである。早速であるがこの機会に、ここに収めさせて頂きたいと思う。

そしてこの文章の中に出てくる『一麦保育園創立45周年記念誌:子供と自然を友として』に収められている高山徳太氏の母・高山悦氏の「辿りついて」も、関連資料として重要であるので、それも今回取り出して置きたい。

1-本文文章1

2-文章2

3-文章3

5-文章5

4-文章4

6-文章6

7-文章7

8-文章8

9-文章9

10-文章10

11-文章11

12-文章12

13-文章13

14-文章14

15-文章15

「補遺」の残りもあと2回分となった。今年も師走を迎え「神戸ルミナリエ」の光も点灯された。 

     (2010年12月3日記す。鳥飼慶陽)(2014年11月13日補正)

KAGAWA GALAXY 吉田源治郎・幸の世界(144)

   第144回 「吉田源治郎・吉田幸の世界」補遺(10)

今回は『高山徳太詩集:花のように』の続きである。下は本書の扉であるが、「あとがき」に収められている賀川豊彦や小学校の教師、そして母親や新聞記者の言葉を取り出して置きたい。

1-表紙

2-詩1

3-文章1

4-文章2

5-文章3

6-文章4

7-文章5

8-文章6

9-文章7

10-文集8

11-文章9

12-文章10

13-文章11

14-文章12

15-文章13

16-文章14

17-文章15

18-文章16

19-文章17

20-文章18

21-文章19

22-文章20

23-文章21

24-文章22

25-文章23

26-文章24裏表紙

 「補遺」はここまでの予定であったが、吉田摂氏から新たに預かったものがあるので、あと2回続けて見たい。        
     (2010年12月2日記す。鳥飼慶陽)(2014年11月12日補正)

KAGAWA GALAXY 吉田源治郎・幸の世界(143)

   第143回 「吉田源治郎・吉田幸の世界」補遺(9)

「補遺9」は、連載で何度か登場した西宮一麦教会の高山徳太が、当時小学生の時に作った作品が、『高山徳太詩集:花のように』という著書として出版されていたことが分かり、最近それを入手することができた。

1-表紙

手にとってこれを読み、改めて徳太君の詩に驚くと共に、これを京都の世界文学社が立派な詩集として編集し、昭和23年8月に世に送り出した事の経緯もよく理解出来た。

今回は、この高山徳太詩集の中から、幾つかの作品を紹介し、次回の「補遺10」として、詩集の「あとがき」にある賀川豊彦や徳太の母、そして徳太の通う小学校の教師や最初新聞に紹介した記者の言葉が収められているので、それを入れて置きたいと思う。

以下、詩作品を切り抜いて、それをここに詰め込んでいる事をお許し頂きたい。

2-本文1

3-本文2

4-本文3

5-本文4

6-本文5

7-本文6

8-本文7

9-本文8

10-本文9

11-本文10

12-本文11

13-本文12

14-本文13

15-本文14

16-本文15

以上は、『高山徳太詩集』の中の一部を抜粋したものである。
次回は詩集の「あとがき」に記されているものを収める。
          
     (2010年12月1日記す。鳥飼慶陽)(2014年11月11日補正)




KAGAWA GALAXY 吉田源治郎・幸の世界(142)

  第142回 「吉田源治郎・吉田幸の世界」補遺(8)

今回の「補遺8」は、この連載の初めに紹介した大阪ボランティア協会の岡本栄一理事長が最近、大阪の福祉を知るみんなの情報誌「ウェルおおさか」の57号~59号(2010年8月~10月)に「四貫島セツルメントの基礎を築く―吉田源治郎の人となりと福祉思想」を連載されており、それを収める。

過日(2010年11月20日)神戸の賀川記念館に於いて開かれた「総合研究所連続研究会」で、岡本氏は「公共福祉論の視点から「“なぎさ”論を考える」という興味深い報告をされた。その折りにこの連載でのアップを了承頂いた。少し文字は小さくなるが、次頁以下に3回分を掲載誌のまま取り出すことにする。

1-資料1

2-資料2

33-資料

次回は「補遺9」として、連載で何度か登場した高山徳太の小学生の時につくった作品が、昭和23年8月に世界文学社より『高山徳太詩集:花のように』として出版していたことが分かり、最近その詩集を入手することが出来た。その作品を2回に分けて紹介して置く予定である。
    
     (2010年11月30日記す。鳥飼慶陽)(2014年11月10日補正)

KAGAWA GALAXY 吉田源治郎・幸の世界(141)

   第141回 「吉田源治郎・吉田幸の世界」補遺(7)

今回の「補遺7」は、先日(2010年11月17日)一麦保育園の梅村貞造氏よりお送りいただいた資料を紹介して置きたい。梅村氏の添え書きには、「これは数年前、東京の松沢資料館に行った時に、杉浦学芸員からコピーを頂いてきたものです」と記されているので、原資料は松沢資料館に所蔵されている。

資料はいずれも昭和25(1950)年頃のもので、吉田源治郎が深く関係してきた奈良県の馬見、大阪の四貫島、そして西宮の一麦と今津二葉関係の資料である。

 資料1 奈良県馬見労祷関係

これは、「西宮市高木南芝・一麦保育園」の吉田源治郎が、この時、ロンドンにいた賀川豊彦に宛てて送られた葉書(航空郵便)である、昭和25(1950)年4(?)月18日」の消印がある。「馬見労祷学園」の盛況ぶりが報じられている。

1-賀川宛ハガキ1

2-ハガキ2

吉田源治郎の独特の筆跡は、多くの人の語りぐさにもなるほど名高いものであるが、ご覧の通り、これはまだ誰にでも判読可能なものである。賀川豊彦ももちろん容易に読みこなしている。どうぞゆっくりと御判読あれ。

賀川豊彦は、昭和24(1949)年12月より翌25(1950)年12月までのほぼ1年間、戦後初めての「世界宣教」の旅に出かけていた。その旅の詳細なレポートは、賀川自ら旅先から日本に配信しており、横山春一の『賀川豊彦伝』の増補版(警醒社版)や『人物書誌大系37』の「年譜」でも詳しく扱われている。

 資料2 昭和25(1950)年9月の「ジェーン台風」被害関連

上記の通り、賀川の日本不在の時、近畿地方には9月3日に直撃した「ジェーン台風」で、大阪の四貫島も西宮の一麦も大きな被害を受けているが、その時の修繕費の見積もりなどを、この時欧州から米国に移動していた賀川に、速達便を出したようである。

郵便の消印は判り難いが、本文は「1950年9月27日」となり、差出人は「一麦保育園」で、吉田源治郎と埴生操の連名となっている。

なおこれは、文面のはじめには「賀川夫人にも送りせしもののコピー」と書かれている。こうした支出に関しては、賀川自身がその都度判断し、実際の支出は賀川ハルが処理していたようである。

3-台風はがき1

4-ハガキ2

5-はがき3

吉田幸の賀川豊彦への書簡(9月27日夜)

6-幸の手紙1

7-手紙2

戦後再開を果たした今津二葉教会の献堂式(10月1日)の事、台風の甚大な被害を受けて一麦寮に避難してきた四貫島教会の小川三男牧師の家族も、吉田一家と同居してみな元気で過ごしいる事、などの近況報告の後に、教会と幼稚園の再開に関わる諸費用などに関して、詳しく綴られている。

幸夫人の書簡は、筆使いも源治郎とは一味違う感じがする。この書簡は、前の航空便と時を同じくしているので、同封されていたのかも知れないが、どうであろうか。

  設計関連の資料

  吉田幸と源治郎より賀川豊彦への「ヴォーリズ設計図」と書簡(9月27日)

8-設計図

上の設計図は、「今津二葉教会の牧師館」として、一柳(ひとつやなぎ)建築事務所(ヴォーリズ建築事務所)が、1950年9月17日に製作したものである。

既述の通り、昭和25(1950)年10月1日に献堂式を挙げ、戦後の再開を果たした会堂(幼稚園舎)もヴォーリズ氏の設計になるものであった。

下の写真は、中央が会堂(幼稚園)で、左の2階建てが新たに設計されて昭和26(1951)年7月1日に完成した「職員住宅」ではないかと思われる。

9-完成写真

これの設計が出来上がり、吉田幸が賀川に教示を伺ったのが、次の短い文章である。そして同じ書簡の中で、源治郎が説明を加え、さらに別の四貫島の登記関係の説明と小川牧師一家の消息などが書かれている。幸の日付は前の書簡の日付(9月27日)と同じであるが、源治郎の日付は9月28日で、「今津へうつる日」とある。この日を以て、戦災の避難生活となった一麦寮での生活にピリオドをつけ、吉田源治郎と幸の活動本拠は今津に移る事になる。この時の書簡が次のものである。

10-今津に移る時の書簡

11-書簡2

12-書簡3

13-書簡4

さて「補遺」もあと少々となった。
次回の「補遺8」は、この連載の初めに紹介した大阪ボランティア協会理事長の岡本栄一氏が、大阪の福祉を知るみんなの情報誌「ウェルおおさか」57号~59号(2010年月=10月)に「四貫島セツルメントの基礎を築く―吉田源治郎の人となりと福祉思想」を連載されていたので、ここに紹介して置きたいと思う。

過日(2010年11月20日)神戸の賀川記念館に於いて開かれている「総合研究所連続研究会」の折り、ここでのアップを岡本氏より了解をいただいた。なお、昨日(11月28日)、吉田摂氏より新たな資料を少しお預かりしたので、その一部も「補遺」に入れて終わりたい。
            
      (2010年11月29日記す。鳥飼慶陽)(2014年11月9日補正)





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Author:keiyousan
このブログのほかに同時進行のブログもうまれ全体を検索できる「鳥飼慶陽著作ブログ公開リスト」http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+toritori/ も作ってみました。ひとり遊びデス。

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